⑳ 『償(つぐな)い』
「……アゼル。その、ごめんなさい。約束を破ってしまって……」
私はまずアゼルに頭を下げて謝った。けれど、アゼルはこちらを振り向いてもくれない。
「謝罪は必要ないよ。どうして魔法を使ったのかだけを話して……」
アゼルの声は冷たい。
「……うん。あのね、あの時は……」
私は正直に話した。連れ去られそうなリリーナを助けるにはこれしかないと思って、ポールに向けて魔法を使ったことを。
「……そうなんだ。分かったよ……」
アゼルは私の話を黙って聞き終えると、やっぱり振り向かずに、セリーナと領主様に向かって手のひらを向ける。
「アゼル! なんでこっちを向いてくれないの! ……謝り足りないのならもっと謝るから……、だから、こっちを向いてよ!」
私は我慢ができなくて、叫ぶ。
「分かったと言ったはずだよ。とりあえず、君とポールのことは後にさせて。この二人が先だから」
でも私の気持ちをアゼルは分かってくれない。
あまりにも一方的な物言いをされて、私は涙をポロポロと溢していたのに。
「……さて、これでいいかな?」
アゼルは私を無視して、セリーナと領主様に向けていた手を下に降ろした。
何をやったのかはまるで分からない。
「狸寝入りはここまでにしておきなよ。目を覚ましているのは知っているからね。目を開けて、黙って立ち上がって」
アゼルの言葉に、まずセリーナ。そして、領主様が目を開けて、上半身を起こしてアゼルを見る。けれど、もうアゼルと戦うつもりがないのは分かった。
だって、二人とも体を震わせていた。明らかにアゼルを怖がっているのが分かったから。
「なっ、何者なんだ、お前は! どうして<マジックガイザー>のちか……」
領主様がアゼルに何かを訊こうとしたみたいだったけれど、話の途中で領主様の体が突然、炎に包まれた。
「あっ、熱い! 熱いぞ! なっ、なんだ、これは! ああああっ!」
よほど熱いのだろう。領主様はゴロゴロと地面を転がり回る。
「…………」
アゼルは転がり続ける領主様を冷たく見下ろす。
そして、そんな苦しそうな領主様を見て、セリーナは体を震わせ続けている。
それは私も、そしてポールも同じだった。
どれくらいの時間かわからないけれど、領主様が何度も何度もアゼルに炎を消してくれるように頼んでも、アゼルは黙ったままそれを見ていた。
そして、やがて領主様が動かなくなった。
すると温かな光が領主様を包み、炎が消えて、領主様は意識を取り戻す。
「……はあっ、はあっ、なっ、なんだこれは? 一体、ワシの体は……」
領主様は息が絶え絶えになりながらも、そんな言葉を口にする。
「それはこれから説明するよ。まぁ、聞きたくないのならば話さなくてもいいけれど……」
「はっ、話してください!」
領主様ではなく、セリーナがアゼルに頭を下げてお願いする。そして、領主様も悔しそうな顔をしながらも、「はっ、話してください」とアゼルに頭を下げた。
「……このまま、あなたたち二人を殺すのは簡単だけれど、それでは、今回の一件で迷惑をかけられた周辺の村の人が納得しないだろう。だから、ボクはあなたたちの頭の中に魔法を刻んだ。
ボクの意に反することをしたら、死ぬ寸前まで炎に包まれる魔法と、死なないギリギリで体が元に戻る魔法をね」
「そっ、そんな複雑な魔法を、私達の頭の中に?」
「そっ、そんな馬鹿な……」
セリーナと領主様は信じられないものを見るようにアゼルを見る。
「あなたはこの付近を治める領主様だったよね? なら、今回の件の償いに、善政を行って、村人の誰からも好かれる領主になってくれないかな?」
アゼルは領主様にそう言うと、次はセリーナの方を向き、
「セリーナさんだったよね? あなたは今後、ボクの許可がない限り魔法を使うのを止めてもらう」
それだけ告げて二人に背中を向ける。
「まっ、待ってくれ! 村人に好かれる領主とは、漠然としすぎていて良くわからん!」
「それは自分で考えて下さいよ。……ああ、ただ一つだけ言わせてもらうのであれば、ボクの住んでいるライネス村は、あなたのこのふざけた行いのせいで、冬の蓄えが心もとないと聞いているんで、そのあたりをどうにかして欲しいですね」
アゼルはそれだけ言うと、もう用事は終わったとばかりに、右手の指をパチンと鳴らす。
すると、今度は領主様たちの姿が消えてしまった。
「アゼル、領主様たちは?」
私はアゼルに尋ねる。
「家に送ったよ。領主様の家は知っているから、イメージして貰う必要はないからね」
アゼルは簡単なことのようにそう言うと、私とポールの顔を見て、
「さて、それじゃあ、最後は君たちと話をしようか?」
と言葉を続けた。




