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魔法使いの家事手伝い  作者: トド
第一章 『私のアゼル』
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⑰ 『力の差』

 アゼルは何も言わずに、静かに上げていた(うで)を下ろす。

 すると、ポールの体はゆっくりと、アゼルの後ろの地面に着地した。


 それを確認もせずに、アゼルはセリーナから目を(はな)さない。


「あらあら、随分(ずいぶん)(おそ)い、王子様のご登場ね。あなたのお姫様(ひめさま)は、ずっとあなたが来るのを待っていたというのに」

 セリーナは楽しそうに笑い、余裕(よゆう)のある表情を(くず)さない。


 初対面だから分かっていないんだ、セリーナは。

 今までこんなに(おこ)っているアゼルを、私は見たことがない。


 助けに来てくれた(うれ)しさも何処かに行ってしまうくらい、今のアゼルは怖(こわ)かった。


「……あらあら、(こわ)い顔をして。どうするつもり? まさか私と戦うつもりなの?」

 セリーナの問いかけに、アゼルは静かに口を開いた。


「……一つだけ、質問があるんだけれど、答えてくれないかな?」

「あら、一つだけでいいの? まだお(たが)いの名前さえ紹介(しょうかい)し合っていないのに、せっかちさんなのね、アゼルって」

 私から聞いていたので、セリーナは気安くアゼルの名前を口にする。明らかにバカにした口調で。でも、アゼルはまったく気にした様子もない。


「先程、後ろにいる彼に()けた魔法(まほう)は、ボクには明らかに(おど)しではなかったように見えた。つまり、あなたは(かれ)の命を魔法(まほう)(うば)おうとしたということでいいのかな?」

 アゼルの声は静かで、抑揚(よくよう)がなかった。


「訳のわからないことを言うのね、あなた。それ以外の何に見えたというの?」

 セリーナはつまらなそうに答える。


「……やっぱりそうなんだ。ということは、自分が魔法(まほう)で同じ目に会っても文句は言えないよね……」

 アゼルはそこまで言うと、静かにセリーナを見る。


「ふふっ。今の冗談(じょうだん)はなかなか面白かったわよ。でも、やっぱりあなたは(うで)の悪い、二流以下の魔法(まほう)使いのようね。力の差がここまで明らかなのに、それが分からないとは救えないわ」

 セリーナは(あき)れたように息をつく。


 魔法(まほう)基礎(きそ)しか知らない私には、セリーナが言う、力の差なんて分からない。でも、私は信じている。

 誰よりも、アゼルが一番強いって!


「まぁ、(だれ)に殺されたのかも分からずに死んでいくのは可愛そうだから、名前を教えてあげるわね。私の名前はセリーナ。<万能>のセリーナと呼ばれているのだけれど、ご存知ないかしら?」

「……知らないし、興味もないよ」

 アゼルがつまらなそうに言うと、セリーナは明らかに面白くなさそうな顔をする。


「そう。所詮(しょせん)は田舎者で世間知らずな三流まほう使いね。もういいわ、あなたから殺してあげる」

 セリーナが右手を動かすと、彼女(かのじょ)の周りにいくつもの氷のナイフみたいなものができた。そして、それがアゼルにすごいスピードで(せま)っていく。


「アゼル!」

 私は思わず(さけ)んでしまった。アゼルはまるで()けようともせずに動かないから。


「……えっ?」

 けれど、氷のナイフはアゼルに近づくと、不意に消えてしまった。アゼルは全く動いていないのに。


「ちっ! 抗魔法(こうまほう)()めた道具でも持っているわね!」

 セリーナが(くや)しそうに言うけれど、やっぱり私には何が何だか分からないままだった。


「それなら、これで打ち砕いてあげるわ!」

 セリーナが右手を上げると、それまで晴れていたはずの空が一瞬(いっしゅん)(くも)りだし、そこから(かみなり)が出て、アゼルに落ちる。


「きゃっ!」

 (かみなり)の大きな音で、私だけでなく、ポールとミリアさんたちも悲鳴を上げた。

 でも、それどころではないことに気がついて、私はアゼルの姿を確認する。


「…………」

 アゼルは(かみなり)の音が鳴る前と全く変わらない状態で立っていた。

 指一本動かさずに、ただつまらなそうな顔で。


「なっ、なんで、無傷……。今のはかなり高等な魔法(まほう)なのに……」

 今まで余裕(よゆう)たっぷりだったセリーナの顔があせったような表情に変わる。


「くっ! どれだけ強力な抗魔法(こうまほう)()めた道具を持っているのよ!」

 セリーナは「このぉ! このぉ!」と(さけ)びながら、何度も何度も(かみなり)をアゼルに落としていく。

 でも、結果は変わらなかった。


 アゼルは何も言わずにただ立っている。けれど、それが(こわ)い。私でもそう思う。

 私はアゼルが(だれ)よりも強いと信じていた。でも、ここまでセリーナが相手にならないほどだとは思っていなかった。


「それなら! これで()()きなさい!」

 セリーナは両手を前に出して、森の中なのにも関わらず、大きな(ほのお)魔法(まほう)を使ってアゼルにそれをぶつけようとした。でも、結果は変わらない。

 アゼルは何事もなかったように立っている。相変わらず、つまらなそうな顔で。


「……もう、気は済んだよね?」

 アゼルは静かにそう言った。……言っただけだったはずだ。

 なのに、いきなりセリーナの体が空に向かってすごい速さで()かんでいったと思ったら、かなりの高さに上がった瞬間(しゅんかん)、そのまま頭から落下し始めた。


「ぐっ! このぉぉぉっ!」

 セリーナの(さけ)び声が聞こえたかと思うと、彼女(かのじょ)は地面に激突(げきとつ)する寸前で、見えない羽が生えたかのように、空に()かんだ。

 でも、セリーナはひどく(あせ)をかいている。どうみても、余裕(よゆう)脱出(だっしゅつ)したわけではないのは、私にも分かった。


「……ああ、<浮遊(ふゆう)>の魔法(まほう)は、一応使えるんだね」

 アゼルはやっぱりどうでもいいように、興味なさそうに言う。


 やっぱり、それが(こわ)かった。私の知っているアゼルとは別人のようで。


「なっ、なんなのよ、あんたはぁぁぁぁっ! 消えなさいぃぃぃっっ!」

 セリーナは空に()かびながら、両手を()き出してまた(ほのお)魔法(まほう)を使った。さっきよりも、ずっとずっと大きな(ほのお)を。私達みんなを燃やしてしまうほどの大きさで。


 でも、何も変わらない。

 その(ほのお)も、アゼルに近づくとすぐに消えてしまったのだから。


「なっ、なんなの? あんたは、いったい……。この、化け物!」

 セリーナはそう言って、ふるえだしたかと思うと、アゼルに背を向けて空を飛んで()げ出そうとした。

 でも、不意に魔法(まほう)が切れたみたいで、地面に落下した。


 それほど高さがなかったから、大した怪我(けが)はしなかったようだけれど、セリーナは顔を打ちつけたようで、鼻血を流していた。でも、そんな事を気にしている(ひま)はないようで、()ってでもアゼルから(はな)れようとする。

 

 けれど、そんなセリーナの目の前に、彼女(かのじょ)がさっき作ったのと同じような氷のナイフが一本、空から落ちてきた。


「ひぃぃぃっっ!」

 セリーナが情けない声を上げると、アゼルが口を開いた。


「ねぇ。まさかとは思うけれど、これだけの魔法(まほう)を人に向けておいて、自分だけは助かろうなんて思っていないよね?」

 アゼルのそんな冷たい声を聞いたセリーナは、何かが切れたかのようにその場に(たお)れて動かなくなってしまったのだった。

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