⑬ 『元凶』
「あら、女性の部屋にノックもなしに入ってくるなんて……」
「ふん、やかましい。新しいガキを連れて来たのなら、まずワシの所に連れてこいと言っているだろうが!」
領主様はセリーナに機嫌が悪そうに言ったが、私の顔を見るとドスドスと太い体を振るわせて近づいて来て、
「ほう。魔力持ちの子どもか!」
と嬉しそうに笑う。
「領主様が、どうして……」
私が思わずそう言うと、領主様は「ほう」と感心したように言い、あごに手を当てて頷く。
「そうか、そうか。その年でワシが誰だか分かっているのは偉いぞ。ならば、このワシの、ディーク男爵のためにその命を差し出すのは当然だと分かっておろう。ワシの領地の人間は、皆、ワシのために役立たねばならんのだからな」
「……えっ?」
思わず私の口から、疑問の声が漏れる。
でも、それも仕方がないと思う。
正直、私は領主様が何を言っているのか分からなかった。
だって、領主様は決して良い人ではないのだ。
いつもうちのお母さんや村の人達が、領主様の課してくる税金が高すぎると文句を言っていたのを知っているし、そのくせ、作物が不作な時もほとんど何もしてくれない、と村長さんが怒っていたのを知っている。
なのに、領地の人間はみんな、自分の役に立つのが当然とは勝手すぎる!
それと、ポールがお母さんの病気で困っているのにつけ込んで、女の子を誘拐させたのも、どうせあなたの仕業でしょうが!
私は腹が立ってきて、領主様の目の前で、ツーンと横を向いて見せる。
「なっ、このガキ!」
領主様は怒ったけれど、知ったことじゃあないもん!
なんで私がこんなろくでもない領主様のために、命を差し出さないと行けないというんだ!
「ふっ、ふふふふふっ。ディーク様。嫌われてしまいましたね」
「ええぃ、うるさい!」
領主様は悔しそうな顔をし、
「いいから、お前はとっととこのガキを生贄にする準備を始めろ! 他の村でさらって来たガキどももついでにな!」
そんなひどい事を言って、丸い重そうな体を動かし、ドスドスと部屋を出ていった。
「ふふふ、それじゃあ、楽しいお話はここまでにしましょうか。それじゃあ、あなたのお部屋に案内してあげるわね」
そして、セリーナはやはり楽しそうに微笑み、私に近づいてくる。
でも、悔しいけれど、私はそれに抵抗する事はできなかった。
◇
私がセリーナに連れて行かれたのは、一番小さな丸太小屋だった。
入り口には、鎧と武器を持った人が居て、セリーナの姿が見えると、その人は深々とお辞儀をした。
「さぁ、ここがアミィちゃんの家よ。他にもお友達がいるから、仲良くね。それと、見張りが常にいるから、逃げ出そうなんて考えてはダメよ。そんなことしなくても、今晩には外に出してあげるからね」
外に出すのは、生贄とかいうものにされるときの事だろう。
私はせめてもの意思表示に、思いっきり睨んでやった。
けれどセリーナは何故か嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、いいわよ、アミィちゃん。その態度が恐怖で、ビチョビチョの泣き顔になるのが早く見たいわ」
「そっ、その前に、アゼルが絶対に助けてくれるもん! あんたなんて、アゼルに敵うわけがないんだから!」
明らかにおかしいセリーナの考えが分からずに、怖くなってしまったけれど、私はそんな顔を決して見せたりはしない。
私はアゼルが助けに来てくれると信じているんだから!
「それじゃあ、私は中で休ませてもらうわね!」
セリーナに背中を向けて、私は自分から家のドアを開けて中に入る。
「……また、誰か連れてこられたの?」
私が入るとすぐに、女の子の声が聞こえた。そちらを向くと、私よりも少しだけお姉さんらしき女の子が一人と、彼女に寄り添うように、私と同じくらいの子が五人もいる。
みんな、同じ白い貫頭衣を身に着けていて、すごく疲れた顔をしている。きっと、ご飯はもらっているのだろうけれど、この家にずっと閉じこめられたままなのだろう。
「その、初めまして。私はアミィと言います。さっき、あのセリーナとかいう女の人に……」
私は簡単に自分のことを話す。
「……そう。私はミリア。三日前から、村から連れ去られて……」
ミリアさんはそう言って、簡単にこれまでの事を話してくれた。
けれど、他の子達は何も喋ってはくれない。
みんな、必死に泣き出すのを堪えている感じだ。
話をまとめると、みんなここ数日の間に、近くの村から連れ去られて来たのだという。
けれど、それらは何故か領主様の兵士がこっそりと連れ去ったのらしい。
いや、領主様が元凶なんだから、何故かと疑問に思うのはおかしいのかもしれない。でも、それならどうして、私の村で女の子をさらおうとしたのはポールだったのだろう?
しかも、あんな人目につく方法だったのはどうして?
私が立ってそんな事を考えていると、
「とりあえず、座って……」
ミリアさんにそう言われて、椅子を勧められてしまった。
「ありがとうございます、ミリアさん」
「……ええ」
ミリアさんはそう言って、自分は近くのベッドに腰を下ろす。すると、他の女の子達も、ミリアさんと同じ様にベッドに向かう。
「ミリアさんは、みんなに慕われているんですね」
「……私が、一番お姉さんだから……」
私が話しかけても、直ぐに会話が終わってしまう。
どうしたら良いものかと思ったけれど、この状況で私にできることと言ったら……。
よくないことなのかもしれないけれど、私はつい口を開いて話してしまった。
私の大切な人のことを。アゼルのことを。あのセリーナよりもすごい魔法使いとして。




