⑫ 『二流以下のまほう使い』
建物の中は綺麗に片付けられていた。
ただ、ずいぶんと本が多い部屋だなと思う。そういえば、研究室とか言っていたっけ。
この建物に入るなり、セリーナは私と二人で話がしたいといい、ポール達に出ていくように言った。もちろん、薬を渡してあげたりはしない。
本当にひどい人だと思う。
「さぁ、どうぞ座って。喉が渇いたんじゃあないかしら? お茶でも入れてあげるわね」
セリーナはテーブルの奥のイスに座り、私にもそうするように言う。
正直、まだ体の調子が戻っていない私は、立っているのがつらくて、イスに座ることにした。
「はい、良い紅茶なのよ。まぁ、お子様には分からないかもしれないけれどね」
余計な一言を付け加えて、セリーナがお茶を私の目の前に置く。
なにか変なものでも入っているのではと思ったけれど、ここまで何も飲んでいなくて喉がカラカラだったので、ふぅふぅと息を吹きかけて冷まして、お茶を口にする。
悔しいけれど、本当に美味しいお茶だった。喉が渇いていたことを抜きにしても。
「さて、アミィちゃん。お姉さんの質問に答えてもらえるかしらね?」
自分も紅茶を一口くちに運び、セリーナが訊いてくる。でも、私がそれを拒否することを許すつもりはないだろう。
「なにが聞きたいの?」
私は紅茶を飲み干し、セリーナに問い返す。
「ふふっ。素直な子どもは好きよ」
セリーナは上機嫌で、話を続ける。
「アミィちゃん。あなたは何処で魔法を覚えたの?」
「…………」
「隠してもだめよ。あなたの体の中の魔法の力が回復していっているもの。つまり逆に言えば、あなたは少し前に魔法を使ったということよ。素人には分からないけれど、魔法使いの私には当たり前のようにわかるわ」
セリーナの言葉に、ごまかせないことが分かってしまった。
「勉強しているの。先生に教わって……」
「へぇ~。それは、この近くのあなたの村で? たしかライネス村といったかしらね? あんな小さな何もない村に、魔法使いが居たなんて初耳だわ」
セリーナの言葉にカチンときて、私はイスから立ち上がる。
「なにを企んでいるのか知らないけれど、女の子をさらうなんて悪いことを止めるなら今のうちよ! 村にはアゼルが、すごい魔法使いがいるんだから! あなた達なんてあっという間にやっつけられちゃうんだからね!」
私はそう言ってセリーナをにらむ。
「ふふっ。それじゃあ、もう一つ質問。そのアゼルという魔法使いは、いつからあなたの村に住んでいるの?」
セリーナはまったく気にした様子がなく、そんな質問をしてくる。
「だいたい一年くらい前よ。それがどうしたのよ!」
私が答えると、セリーナは小さくため息をついた。
「なんだ、やっぱり二流以下の魔法使いなのね。がっかりだわ」
「なっ、なにを言っているのよ! アゼルの魔法を見たこともないのに、適当なことを言わないでよ! 私のアゼルはものすごく強いんだから!」
私が文句を言うと、セリーナは「あら、怖い」と人をバカにしたように言う。
ああっ、腹が立つ!
「もう、仕方ないわね。アミィちゃんにも分かるように説明してあげるわ。どうせ、もう少しで分かるはずだしね」
セリーナは訳の分からない事を言い、パチンと指を鳴らした。
すると、何故か私の体が軽くなった。
「私の魔力のほんの一部を分けてあげたのよ。どう? 体は元に戻ったでしょう?」
「……ええ。でもなんで、こ……」
私の言葉は最後まで続かなかった。
それは、近くに、正確に言えば、この建物の下の方向にある何かを感じ取ったから。
「ふふふっ。いくら見習い程度の魔法使いでも、ここまで近ければ分かるわよね。そう。この場所には巨大な魔法の力のカタマリが眠っているの。<マジックガイザー>と呼ばれる、大地に溜まりに溜まった、とてつもないものがね。
この素晴らしい力さえあれば、どんな魔法も思いのまま。この国を、いいえ、この世界を支配することだってできるはずよ」
バカげたことを言っていると思いたかった。けれど、魔法を少し習っただけの私でも分かる。この下にあるという力の大きさが。
「私がこの場所を探し当てたのは一年前。隣の国から微かな魔法力の流れを辿ってようやくね。でも、あなたに魔法を教えたアゼルとかいう魔法使いは、こんな近くにこれほどの素晴らしい力が眠っていることにも気が付かなかったのよ」
セリーナはそう言うと、私の方に歩いて近づいてきた。
「ふふっ、がっかりした? あなたに魔法を教えているのが、二流以下の魔法使いだったことに? そして、そんな魔法使いの弟子に過ぎない自分に」
セリーナは私の顔を覗き込んで、楽しそうに言う。
「わっ、私のアゼルはあなたなんかよりも、ずっとずっとすごい魔法使いだもん! この下の力にだって、とっくに気がついていたに違いないわ! それに、私は弟子じゃない! 今は料理や掃除を手伝っているだけだけれど、将来は一緒になる仲なんだから!」
私はアゼルを信じている。
普段は頼りないところもたしかにあるかもしれないけれど、魔法については誰よりも強くて、それでいて優しくて、しっかりしている部分もたくさんある男の人だもの。
「あら? 弟子ではなく、あなたはただの家事手伝いなのね。でも、それも仕方ないわよね。実力がない魔法使いは教えられることも少ないから、弟子にはしていないというところかしら?」
「そんなことない! アゼルはあなたなんかよりも……」
私の言葉は最後まで続かなかった。それは、不意にこの部屋のドアが開いたから。
「騒がしいな、セリーナ。子ども相手に何をやっているのだ」
ドアを開けて部屋に入ってくるのは、太った四十代くらいに見える男の人。
そして、私はその男の人の顔に見覚えがあった。
それは間違いなく、私たちの村を管理する領主様だったんだ。




