⑪ 『森の奥(おく)』
ポールにかかえられて、私は森の奥に運ばれていく。
女の人に命令されて、私を抱えるときに『すまねぇだ』と言って謝ったきり、ポールは言葉を何も口にしない。
ポールは背中に怪我をしている。私の魔法だけでなく、私たちの後ろをゆっくりと歩く、あの憎たらしい女の人の魔法を受けて。
私を抱えていることで、きっと傷が痛むのだろう。額から汗が沢山にじんでいた。
「ほらっ、もたもたしないで歩きなさい」
そんな苦しそうなポールに対して、女の人はそんなひどいことを楽しそうに口にする。
「そんな事を言うのは止めてよ! ポール。私、自分で歩くわ。だから、下ろして」
「あらっ? ダメよ、そんなの。お嬢ちゃんはまだ、魔法力が安定していないんだから、男がエスコートしないと」
どうしてだか分からないが、私の体にまだ力が戻っていないことを、この女の人はわかるようだ。
私は顔を後ろに向けて、紫髪の女の人をにらむと、
「アミィよ。私の名前はアミィ。お嬢ちゃんなんて呼び方、気持ち悪いからしないでよ!」
本当は、もっと悪口を言ってやりたかったが、そのせいでまたポールがケガでもさせられたら嫌なので、私はそれだけ言って、つん! と顔を横に向ける。
「そう。アミィと言うのね。いい名前だわ。それじゃあ、私も名乗るわね。私の名前はセリーナ。優しいお医者さんよ」
「どこが優しいのよ!」
セリーナがわざとそう言っているのは分かっていたが、私はガマンができなくて、つい文句を言ってしまう。
そんな私に、セリーナはさも楽しそうに微笑む。
うん。分かっていたけれど、私はこの女の人が大嫌いだと再認識した。
(あれっ?)
不意にゆれが少なくなったことに驚き、前を見ると、そこには道が出来ていた。獣道とかではなく、人間が通る、そのために出来たであろう道が。
(うそ……。なんで、森の中にこんな……)
私は心のなかで驚く。
そして、以前、ネイが教えてくれた、森の動物が減っているという話を思い出した。
(もしかして、けっこう前からこんな道を作って準備していた? 一体何をするつもりなの?)
そう思うのと同時に、私は、ますますセリーナが嫌いになった。
私たちの村、ライネル村の人間は知っている。
森のめぐみによって、私たちは生活が出来ていることを。
だからこそ、必要以上に動物を狩ったりはしないし、木の実なんかも必要最低限の分しか取らない。
そして、森の奥は動物たちの住処なので、そこにはけっして入らないようにしている。それなのに……。
「ふふっ、驚いた? もう何ヶ月も前からこの場所は整備されているのよ。ここに眠る素晴らしいものを手に入れるためにね」
聞いてもいないのに、セリーナは楽しそうに話し出し、
「そして、それを手に入れるためには、あなたが必要なのよ、アミィちゃん」
そう言って私に近づいて頭をなでた。
(うっ……)
ゾクッとした。風邪でも引いたときのように。
セリーナは笑っていた。でも、それはとても冷たくて、それでいて楽しそうだった。こんな酷いことをしているのに本当に楽しそうで、私は怖くなってしまう。
「ふっ、うふふふふふっ」
そんな私の顔を見て、セリーナは声を上げて笑い出す。
分からない。なんなの、この人は……。
私が今まで出会ったことがないタイプの人だ。
「ほらっ、アミィちゃん。見えてきたわよ。あなたがこれから過ごす場所がね。……まぁ、短い時間かもしれないけれどね」
セリーナの顔を見ているのが嫌で、私は前を向く。するとそこには、何件かの木でできた家が建っていた。腹が立つけれど、どの建物も私の家よりも大きい。
そして、そこには剣を持った人が五、六人いた。
けれど、みんな銀色のすごく高そうな鎧を身に着けて、顔を兜で隠しているのでどんな人なのかよく分からない。
ただ、セリーナが近づくと、みんな姿勢を正して、「おかえりなさいませ、セリーナ様」と声をかけてくる。
「ご苦労さま。しっかりと見回りをしておいてね」
セリーナはそんな様子を満足そうにみて、上機嫌で言葉を返す。
村の女の子を誘拐して何かを企んでいる人たちが、一人や二人ではないだろうと私も考えていたけれど、人数はそれなりにいるようだ。
「ほらっ、ポール。早くアミィちゃんを私の研究室まで運びなさい。そうしたら、約束どおり薬をあげるわよ」
「……分かっただ……」
ポールは抵抗することもなく、顔をうつむけて、痛みをこらえながら私を運んでいく。
きっとポールも分かっているのだろう。
セリーナの言葉がウソだということは。でも、魔法を使う事ができるセリーナには逆らえないのだ。
(アゼル、早く助けに来て……)
私は泣きたくなる気持ちを懸命にこらえて、心のなかでアゼルに頼む。
けれど、やっぱりアゼルは現れてはくれず、私は一番奥の建物の中に連れ込まれてしまうのだった。




