⑩ 『和解?』
ポールはなんとまだ十六歳で、となりの村で木こりをしている。
家族は他にお母さんしかいなくて、二人で生活をしていたのらしい。
けれど、二ヶ月ほど前にお母さんが病気にかかってしまい、寝たきりになってしまったのだという。
ポールは仕事をしながら一生懸命にお母さんの看病をしたのだが、お母さんの体調は良くならなかった。
村で売っている薬では効果がなく、他の村人が街に行くついでに薬を買ってきてもらったが、それでもだめだった。
そして、後はもう、街のお医者さんに見てもらうしかないのだが、病に苦しむお母さんを街まで連れて行くのは不可能だと考えたみたい。
ポールは頑張って考えて、たまたま村を視察に来ていた領主様にお願いをした。
どうか、お母さんを助けてほしいと。
領主様はそんなポールの願いを聞いてくれて、あとで自分の家にいるお医者さんをポールの家に行くように手配してくれた。
これでお母さんが良くなると思ったポールだったのだけれど、そう上手くはいかなかったみたいで……。
「お母さんを治す薬代が、だっ、大金貨一枚! そんなの無茶苦茶よ! 私なんて、小金貨さえも見たことがないのに!」
ポールの話をだまって聞いていたけれど、つい声を出してしまった。
だって、小金貨って、私が見たことがあるお金の中でも一番高価な小銀貨(うちの定食を十回は食べられるくらいのお金)が百枚あるのと同じで、小金貨が十枚で大金貨だから……。
「うちの店の定食を一万回食べられる? 一日三食として……って、えええっ! 二十七年以上も食べられるっていうこと?」
あまりにも現実感のない金額に、私はおどろくことしか出来ない。
きっと、ライネス村のみんなの財布のお金を集めても、そんな金額にはならないんじゃあないかな。
「そんなとんでもねえお金なんて、オラには払えねえ。そういうと、領主様のところのお医者さんが、自分の手伝いをすれば薬はタダでくれるって言うもんだから……」
ポールの言葉に、私は嫌な予感がした。
「ちょっと待って! それがまさか、女の子をつかまえて来ることなの?」
「んだ。そんな悪いことは本当はやりたくなかったけれど、おっかあのために……」
ポールは本当に申し訳無さそうに言う。
でも、私はポールの様子以上に疑問に思ってしまったことがある。
「待って。おかしいわよ、そんな話」
「えっ、どういうことだ?」
「話が出来すぎているっていうことよ!」
「んっ? どういうことだぁ?」
ポールは不思議そうな顔を私に向けてくる。
きっとポールはものすごく人がいいのだろう。そして、お母さんを助けるためにワラにもすがる思いでがんばっている。
けれど、私はお父さんとお母さんから、そしてアゼルから聞いて知っている。そういった一生懸命を、悪用する人がいるっていうことを。
「大金貨一枚もする薬と交換するにしては、女の子を一人連れてくるだけでは安すぎ……あっ、いや、ちがう。逆だわ。薬がいくらなんでも高すぎるのよ。私、ちっちゃいころに病気で近くの街に入院したことがあるけれど、その時でも、小銀貨が何枚かしかかからなかったって、うちのお母さんが言っていたの」
「だけんども、それは、おっかあの病気がそれだけひどいから……」
「たしかに二ヶ月も良くならないのは心配だけれど、それなら一度、別のお医者さんに見てもらった方がいいと思うの。私のかかりつけのお医者さんなら、お願いしたら村まで来てくれるから、あなたの村まで足をのばしてもらえるように、うちのお母さんにたのんで手紙を書いてもらってあげるわよ」
私の言葉に、ポールの顔が明るくなるのが分かった。
「本当だか? 本当にお医者様の知り合いがいるんだか?」
「うん。だからあなたも、女の子を連れ去るなんて悪いことをしてはダメよ」
私は安心させるように微笑んで言う。
「……ウソを付いたりしねえだか? オラをだまして……」
「そんなことしないわよ! 約束を守るわ! それに、私から言わせたら、あなたのお母さんへの薬を理由にして、悪いことをさせるお医者さんの方が、あなたをだましていると思うわ」
ポールは、う~んと、少しの間考えていたけれど、「わかっただ」と言って頷いてくれた。
そのことに私はホッとする。
そして、ここが何処だかわからないので、ポールに、村まで連れて行ってくれるように頼もうとしたときだった。
突然、フュンという音が聞こえた。それが風の音だと気がついた瞬間、ポールの背中から血がふき出した。
「ぐっ、うっあああっ……」
「ポール!」
背中が痛いのだろう。ポールは低く苦しそうに声を上げる。
あわてて背中を見ると、十字に背中が切られていて、そこから血が流れていた。
「はぁ~。『大男総身に知恵が回りかね』というのは本当ね。たかだか子ども一人をさらう程度のこともやりとげられないなんて……」
あきれたような女の人の声が聞こえた。
ポールの心配をしながらも、私はその声の方に顔を向ける。
「なっ、なんなの、あなた! これ以上ポールを傷つけないで!」
私はうずくまるポールをかばう様に前に出て、両手を広げる。
体がふるえる。
信じられないけれど、今、ポールの背中を傷つけたのは風の魔法だ。前に、一度だけアゼルが使うのを見せてくれたことがあるから知っている。
つまり、この女の人は、アゼルと同じ魔法使いだということ……。
(あっ……)
私はここでようやく気がついた。
ポールが私の力を背中に受けて、『あっ、あのおっかねぇ魔法を、また使ったりしねぇか?』と言っていたことを。
私はあれが、魔法の力だと当然知っている。でも、どうしてポールが『魔法』と断言できたのかを考えていなかった。
ポールが私の力を断言した理由は単純で、ポールも魔法を見たことがあったんだ。この女の人が使う魔法を……。
「ふふっ。元気のいいお嬢ちゃんね。気に入ったわ。途中で私を裏切ろうとしたのは許せないけれど、魔法力を持っている子どもをここまで連れてきたことは、ほめてあげるわ、ポール」
二十代前半くらいかな? 紫の長い髪の女の人は、背中の痛みで苦しんでいるポールに甘ったるい声で言う。
白を基調にしたローブ姿は、確かにお医者さんぽくは見えるけれど、私の知っているお医者さんのような優しい雰囲気がない。あるのは、人を見下すような冷たい感じだけだ。
(……アゼル……助けて……)
私は心の中で救いを求めたけれど、アゼルはかけつけてくれず、私は結局この女の人にとらえられてしまうのだった。




