地下より這い出るもの
「発見っスねぇ」
「階段だなぁ」
消耗品の買い出しを終えて別ルートからの地図作成を再開した俺たちは、第三層へ続く階段を発見した。
場所は確認しておきたいと思っていたが、想定していたよりはやい。
アーウィアが地図係として異様に優秀だったせいだ。
「念のため釘を差しておくが、降りないからな?」
順調だったので計画を前倒しにしてきたが、さすがに第三層は早すぎる。
「そのくらいわかるっス。わたしらレベル2っスよ? ほんとだったら、こんなとこ立ってる時点で頭やべーっスからね?」
何か面白いことでも言い返したかったが地図係としての優秀さを見せつけられた後なので、ふつうに叱られている気分だ。まるで俺の方がボンクラニンジャである。
「様子を見に行くにしてもレベルが上がってからだな。あっちの階段部屋までの地図を埋める。最短ルートや迂回路を確認しておこう」
「うっス。敵を掃除しながら帰るとしましょう。いい仕事したっス、きっと今日も酒がうまいっス」
部屋を出ようと踵を返した俺たちの背後で、物音がした。
ずるり、ずるり、と、引きずるような足音だ。
遅れて探知スキルが今までにない脅威を後方に捉える!
「アーウィア警戒しろ! 何かくる!」
「うぇっ!?」
「退路はわかるか?」
「ままままま、まってください!!」
「くそ、迎え討つ! 巻物の準備をしろ」
階下の闇から何者かが近づいてきている。第三層の住人、食屍鬼か?
短剣を構えて待ち受ける。こんなところで長居をした俺たちの油断だ、戦うしかない。全力であたれば勝てない相手ではないはずだ。
階下深くより響く不気味な声。
『……おぉーい、そこにいるのは冒険者かー? こちらに敵意はない……!』
「カナタさん、なんか言ってるっス」
「冒険者パーティー、か?」
食屍鬼は生者を装って人を襲うという。油断はできない。
『……交渉はできるかァー? 無用な血は流したくない……!』
階段の方へ気を配りつつアーウィアを見る。人相の悪い顔だ。任せる、と目で語っている。
ここは交渉とやらに乗ってみるか。
「ゆっくりと姿を見せろ! おかしな真似はするな!」
両手を広げてゆっくりと階段を登ってきたのは昨夜の酒飲み仲間、ヘグンだった。
オペラ歌手みたいな登場シーンだな。
「緊張して損したっス。とんだ茶番ス」
「本当にへグンか? 俺の名前を言えるか?」
道化のような俺たちだが、顔見知りだからと気を抜くのはまだはやい。自分の命に責任を負えるのは、他ならぬ自分だけだ。
「おっと、カナタの兄ちゃんか! すまねぇ、ちょっと切羽詰まってるんだ。通してくれるか?」
焦った様子のヘグンに続き、他のパーティーメンバーたちが階段を登ってきた。ルーとボダイに両脇を支えられたユートが足を引きずって歩く。
ずいぶん具合が悪そうだ。青白い顔に脂汗を浮かべ、寒さに耐えるように全身が小刻みに痙攣している。視線も定まっていない。
「『毒』か。ボダイ、治療は?」
「面目ありません、訳あって魔法の使用回数を切らしています!」
彼らほどの熟練パーティーとは思えない失態だ。理由があろうがなかろうが結果は変えられない。
「薬もないの。街まで身体がもつか心配だわ。ねぇ、もし薬を持ってたら譲ってもらえない?」
薬切れエルフによると聖騎士は危険な状態らしい。
「よすんだ……、ルー」
ん? 誰だ?
「それは、彼らの身を、守るための、もの……」
ずいぶん可愛らしい声が聞こえるぞ。
「私の浅慮で、彼らまで、危険に晒せ……ない」
部屋をぐるりと見渡すが、俺たち以外は誰もいない。
「――カナタさん、この聖騎士、女っス。気付かんかったっス」
聖騎士ユートを指さしながら、アーウィアが言った。
そういうこと本人の前で言うのよくないと思うよ?
「俺は知っていた」
何となく嘘をついておく。声の主を探してきょろきょろしていたので、おそらくバレているだろうが。
よくよく見ると、優男だと思っていたユートは凛々しい顔立ちの美人さんだった。
女子校の演劇部で後輩から絶大な人気を集めてそうなタイプだ。愛称は王子。
考えてみればユートとは言葉も交わしていないし性別を聞いたおぼえもなかったか。
「とにかくそういうことだ。俺たちゃ急いでるんでまたなッ!」
「あー、待つっス。わたしらが助けてやるから感謝して受け取るっス」
立ち去ろうとするヘグンたちをアーウィアが呼び止めた。こっちを向いてドヤ顔でアイコンタクトを送ってくるので、真意はわからんが頷いておく。
「助けてもらえるならありがてぇ。礼ならする!」
「何でもするわ! 持ってるの? 解毒薬!」
話も聞かずに謝礼の言質をよこすとは。不用意なことを言う奴らだ。この分だとヘグンとルーも属性は善かもしれない。ただの迂闊なお人好しかもしれんが。
「解毒の魔法が使えるのですか!?」
ボダイが期待のこもった眼差しでポンコツ司教を見る。
「持ってないス。使えんス。治癒薬が2本あるから、その聖騎士を回復しながら騙し騙し街まで運ぶっス」
さっきのアイコンタクトで伝えたかったのはこれか。さすがに読み取れなかった。まだまだ俺も修行が足りん。
「お、おぉ、助かるぜ……」
「え、えぇ、天恵です……」
中途半端な救いの手を差し伸べられて男連中が微妙な喜び方をしている。
「わたしらの回復手段がなくなるから一緒に迷宮を出るっス。敵はそっちで片付けるっス。あ、こっちも適度に手助けしましょう。最短ルートで行くっスよ」
彼らに壁役を任せて巻物を消費しつつ地図も埋めるつもりか。
こそこそとアーウィアの背後に忍び寄り、背中をつつく。
(考えたなアーウィア。うまい手だ)
(ふふふ、わたしもやるときゃやるっス)
こんなだから俺たちの属性は悪なんだろうな。
ヘグンたちは強い。
剣の腹で蝕粘液を次々と叩き飛ばし、僧侶の一喝で骸骨戦士が塵となって消え去る。後者は『退魔』のスキルか。
これが迷宮第六層で戦う冒険者たちの実力か。
その後ろからアーウィアが悠々と魔弾を放っていた。
俺と一緒にユートを支えているルーは特に何もしていない。
――ということもなく、パーティーに進路を伝え、行先の様子を説明している。彼女が地図係を務めているらしい。
負けじと俺も探知スキルで索敵した反応を語るが、その必要があるか怪しい。前衛が強すぎる。アーウィアがさっさと巻物を使い切ってユートの介助を替わってくれることを祈ろう。せめて俺も戦闘で活躍したい。
まったく惜しい連中だ。
なぜ『善と悪はパーティーを組めない』のだろう?
目の前の光景が、ひどく奇妙なものに感じられた。




