好きな子の流す涙はバカ美味い。 3話
連載の予定について……無し(新しく作り直す予定は有り)
夜九時。澪羅のお部屋。響きだけで何か美しい。高そうなベッドに高そうな勉強机。流石に照明はシャンデリアじゃないけど、やっぱり高そうなライト。
それに深呼吸するとすっげえ良い匂いするんだよな。バレると気色悪がられるかもしれないからこっそりだけど、いつも抱きしめる時に鼻腔をくすぐるあの蠱惑的な香り。
床に座る俺と正面のベッドに腰掛ける澪羅はどちらも風呂上がりのため、二人ともパジャマを着ている。毎夜のこととはいえ何だかくすぐったい。
「尊人君」
「はい」
緊張し過ぎてめっちゃ普通の返事をしてしまった。はいて。面接かよ。面接受けたことねえけど。
「……お昼に送ったメッセージは読まれましたか」
「澪羅とかあの二人をどう思ってるか……っすよね?」
「ええ。涙はそれまでお預けです。それと何故敬語になっているのかは指摘しませんよ」
それが既に指摘みたいなもんだけど、まあただ単に緊張してるってだけだし良いや。それを澪羅もわかってのことだろうし。
「何かこうやって改まって話すのって最初以来か」
「かもしれませんね。思い出話でもします?」
「あんま思い出したくないなぁ……」
「文字通り死にかけでしたもんね」
「クソみたいな孤児院無理やり追い出されて待ち構えてたヤクザに奴隷売買のために蜂の巣ちされる。今時そんなのあるんだなってビビったよ」
当然日本に奴隷制度はない。だが吸血鬼は物好きな金持ちや労働力として重宝される、言い換えればビジネスとして金を生み出しやすいため、そういった非合法の組織に狙われることもあるのだ。
……何なら吸血鬼用の孤児院だってそのうちの一つだしな。質の悪い輸血パックを与えるだけで大の大人の何人分もの労働力を得られる。身寄りのない吸血鬼を使ったカスみたいな商売だ。
「血液アレルギーだから追い出されたって考えると、この体質も捨てたもんじゃないな」
「拾ったのが私で良かったですね」
「そうだな」
それはもう本当に。働かなくてもこんな暮らしを送れるってのもそうだけど、何より澪羅に出会えたから。
──月明かりに照らされたあの日を、ふと思い出す。
『誰が貴方を道具として利用しようと、私は貴方を一人の存在として肯定します。対等な関係に慣れないと言うのであれば主従関係を結びましょう』
澪羅と出会うまでは自身の扱われ方に疑問すら覚えたことがなかった。だけど澪羅は初めてそんな言葉をくれたんだ。
そんなもん、好きになるに決まってる。
「……話が逸れた。澪羅達のことをどう思ってるかだっけ」
「ええ」
「麻倉は……同族意識が一番しっくりくるな。親に捨てられたとことか、それをあんま重く受け止めてないとことかが妙に親近感を覚えるんだよ。自分でネタにするくらいだしな」
澪羅は黙って続きを促す。こんなんで良いんだろうか。
「仲村は優しいからな。澪羅のせいとは言わないけど、やっぱ吸血鬼ってだけでクラスで浮いてる俺に一番普通に接してくれた。それが新鮮だったから、今も交友関係が続いてる感じだ」
「……彼女に惹かれますか?」
「っ、と。惹かれるってのは恋愛的な意味で?」
「……そうだと言ったら素直に答えてくれますか?」
澪羅はどこか怯えを隠した目で尋ねる。それにはたしてどういった感情が込められているかはわかりかねるが、何かを誤魔化そうという気にはなれなかった。
「恋愛ってよりは……母性……?」
「……また触れ辛い答えを」
「いや別にそんな重いものじゃないけどな。友情は前提として、その奥に何を感じるか……みたいな……」
「私には感じたことがなさそうですね」
まあそりゃ好きな相手に母性は感じないんじゃないか。少なくとも目の前の好きな人にそういったものは感じた覚えがない。
「……あとは澪羅だよな」
「……言い辛いですか?」
「……あのさ、こんなこと本人に言うのは申し訳ないんだけど」
「……ぐすっ」
「ん!? 泣いてんの!? 最近澪羅の涙腺ぶち切れてない!?」
まあ毎日のように泣かしてんのは俺だけどさ!? 今日の昼といい予想外のタイミングで泣かれるとすげえ焦るんだよな!
「泣いてるっぽいから手短に……。……顔見て話すの恥ずかしいからさ、涙飲む時みたいに抱きしめながらで良い? その流れで涙飲むし」
「……勝手にしてください」
「んじゃ失礼して……」
俺は立ち上がるとそのまま澪羅を抱きしめた。澪羅も座りながらだと俺が辛いと気を遣ってくれたのか立ち上がり、お互い立った状態で抱きしめ合う形になる。
……鼓動が早まる。好きとはまだ言えないが、まあ匂わせるくらいなら今の俺でも言えるだろう。
「澪羅のことは……何ていうか、特別……ってか。こんな感情は初めてだから上手く言葉に出来ないけどさ」
「……私は衣食住を提供する代わりに私の身を守ってくれと言いました。尊人君はそれを忠実にこなしてくれています」
「……まあ」
「そのせいで放課後クラスの人と遊べていないのも知っています」
確かに麻倉や仲村と話すのはもっぱら学校内だけで、他はメッセージのやり取りくらいだ。放課後に遊ぶなんてことは今まで経験したことがない。
「……だから、もしも放課後に遊びたければそちらを優先して構いません。重荷にはなりたくありません」
声を震わせながら胸の中で弱々しく呟く。
正直な話、あんまりピンと来なかった。
「この状況で何を言うんだって感じだけどさ」
「……はい」
「俺別に我慢したことないぞ?」
「……はい?」
「アイツらと仲が良いのはそりゃ認めるけど、もし遊びたくなったら澪羅も誘えば良いし。てかそもそも麻倉はバイトだらけだからそういう話すらない」
澪羅は目をぱちくりして腕の中から俺を見上げる。潤んだ瞳の上目遣いは否応なく胸をドキリとさせた。
「ただもし澪羅かあの二人のどっちかを選べってなったら、その時は迷わず澪羅を選ぶな。何なら今から全部捨てて駆け落ちしても良い」
「……プロポーズですか?」
「というよりは元々俺何も持ってないしな! そこに澪羅が居るならむしろ得するまである」
「……ふふっ、それは前の尊人君を基準にしてるからでしょう」
「俺の原体験も原風景も全部そこにあるから、まあそりゃな。澪羅はしんどいかもだけど……」
「……もし無人島に何を持っていくかって問われたら、今度からは尊人君って答えますね」
「……お? おお」
これは仲村が言っていたぶぶ漬け的な言い回しか? やべえ頭悪くてどういう意味か全然わかんねぇ。
「理解出来ていなさそうですね」
「……面目ない」
「いつかわかればそれで結構です。……それに」
澪羅はそこで一度言葉を切る。俺は口を開かずに続きを待った。
「今日は嬉しい涙を流せそうですので、それだけで充分です」
初めて見た澪羅の笑顔は、まるで一夜のみ許された月下美人のように鮮やかだった。
涙が轍を作る。俺は静かに口を付けると、澪羅の涙の味は、一言で言うなら──
──バカ美味い、なんて。稚拙も良いところの感想が頭をよぎったのだった。




