ありふれた日常にあるオーバーキル・オーパーツを見つけ出せ! 〜お腹をすかせた転生社畜女子は囁き歌姫となって暗躍する〜 2話
連載の予定について……
ありますが未定です。
美優がこの世界にやってきたのは一年前のことだ。ホテルのフロントとして目まぐるしく働いていた所に、系列店舗で人手が足りず一ヶ月ダブルヘッダーで働いていたら激しい頭痛と共に倒れ、呆気なく命を落とした。享年二十八才。
本来なら倒れゆく景色が生前最後の記憶になるはずだったのに、美優は見渡すかぎり白く、窓も机もない空間に一人ぽつんと立たされていた。
『やあやあ、来たね、門崎美優さん。日本でのお勤め、おつかれさま』
天井にある楕円の光がこちらへ寄ってきたので、美優はおののき一歩下がる。
(光がしゃべった……)
『あはは、照明じゃないよ、一応ここらを見守っている者なんだけどね。神でもアマテラスでも好きに呼んで』
「っ……結構です」
『あら、つれない』
得体の知れない楕円が笑うと、光がチカチカと点滅して目にうるさい。突然始まった非日常の世界に美優の心臓はドキドキと跳ねるのだが、頭は不思議と冴えている。ただ、無性にハンカチが欲しくなった。手汗、ひどい。
(これは、あれだ。上司にせめて一冊は読むといいとすすめられたライトノベルの転生?する物語のワンシーンなんじゃ)
『ん。ん。そうそう。正解。最近はそちら側の本のおかげで説明しなくて済むからありがたいよ。ではさっそく説明するね? 今世を終えた美優さんの次のお勤めは、と、……おー……うーん……』
もったいぶらないで教えて欲しい気持ちと、短いながらも終えた人生の先に休みはないのかという場違いな気持ちが相まって美優は目をぱちぱちとまばたかせた。
『ごめんねー、すぐに転生だ。年齢を十七まで戻してスキルなし? きびしいね』
「え、十七までって、若返るの? どういう仕組み」
『うーん、あちらの世界でのミッションが待った無しという事だね。えーっと、急いで説明すると、美優さんは今から送る世界で〝オーバーキル・オーパーツ〟を探して使わせないようにして欲しいんだ』
「オーパー……なんですって?」
聞いたことのない単語ばかりで目眩がする。
(メモって調べないと追いつかないよ……って、あれ?)
スカートのポケットに入れた手が何もつかまない事に気がついた。スマホが、ない。
『さすがに女子だと想像つかないか。分かりやすくいうと〝この世界を揺るがす場違いな工芸品〟』
「いや……わかりません」
ぼうぜんと手のひらを見つめている美優など気にもとめないで頭上の楕円はチカチカと点滅している。
『くわー!! ここに来て社畜女子の弊害が! 過去に厨二病わずらってたらオーパーツでピンとくるのにー! さすがに女子高、女子大卒だと少年漫画系オタ女とのふれ合いはなかったかっ』
「あの、さりげに個人情報開示するのやめてもらってもいいですか」
『うん、わかったわかった。高校の文化祭で「いいね男装!☆クールビューティーコンテスト!」に無理矢理出されて優勝してたことも封印しておくよ』
「ほんと、あの……目の前にきて頂けます? あなたの横っ面ひっぱたきたいんですけど?」
『あはは、それぐらい強気な美優さんなら大丈夫だね!』
なんだそれ、と顔をしかめた美優の周りが突然輝き出した。楕円の光がもゆらゆらと揺れながら美優の周りを旋回しだす。
『美優さんとしての記憶と今世で培った技術は残しておいてあげるからね。路頭に迷わないように戸籍もあるようにしておくよ。次の世界でのミッションは記憶に刻んでおくから、がんばって』
「ちょっ……まってっ! ぜんぜん説明になってな……っっ!」
おもわず身を乗り出し、手を伸ばした所で光に包まれる。その眩しさに片腕を両目に当ててぎゅっとつむった。
光が落ち着いたと感じる前に、肌に触れる空気が変わった。かいだことのない土と草の匂い。
薄目を開けると、永遠に繋がっていく青と緑。
「草原の地平線とか、ゲームの世界でしか見たことない……しかも働き出してからやる時間もなかった人に何ができるっていうの」
呆然と立ち尽くす美優の視界の遠く先には豆粒のような大きさの街が見える。
「近くの街へいけってことなのはわかるけど、服もそのままで……え、大丈夫なの、これ」
黒のジャケットにタイトスカートは仕方ないとしてもスカーフは華やかすぎる、と首元に巻いていたリボンをほどく。
とにかく歩き出してみるのだが、舗装されていない土の道にローヒールは向かず、街へと続く門の側へ着く頃にはホテルフロントの制服の中は汗だくになっていた。
「わー……高い……し、囲まれてる……」
目の前に広がるのは身丈の五倍はあるだろう大きな門と、それに連なる城壁。
ゴクリ、と美優は喉を鳴らした。
ここは今まで住んでいた世界じゃない。こんな高く固い守りを築かなければならない世界。
「いや、ほんと、装備もなにも持っていない私にどうしろと……?」
喉がカラカラなのに水分補給もできない、そして何か買おうにもお財布もない。
「神だかなんだか知らないけれど、人にモノを頼むんだったら最低限の環境は整えてよっ!」
思わず吐き捨てた叫びが届いたのか、門の脇あるドアの小窓が開いた。
「あ、あの!!」
美優が話しかけようとするとパタリと閉じ、すぐにドアが開いた。開いたのだが……美優は思わず一歩下がる。
出てきたのは、中世ヨーロッパの時代のような鎧を身につけた門番だったからだ。
(槍もってる……銃じゃなくて槍……)
鈍く光る槍に刺されるんじゃないかという恐怖よりも、自分が知っている世界観との違いに背筋がぞっとする。
(そもそも私の言葉って、通じるの?)
日本語、英語、あいさつ程度しかできない各国の外国語が頭をよぎる。しかしどの言語も美優の口から出ることはなかった。ただ闇雲に息を吸って吐くだけだ。
そうこうしている内に門番が美優の前に立ったかと思うと、がちゃりと鎧の音を鳴らしながら屈んできた。
「おめぇ、そっだら足出してたら風邪引いちまうぞ? なした、家出したんか?」
すんごい訛ってる日本語が聞こえてきて、美優はウッと首を引っ込めて頷く。
「今は昼だからええけんど、夜にそげな格好してたら攫われっちまうぞ、子どもでもめんこい顔してっと危ねぇんだぞ? この街に知り合いいるんか? はん? いねぇ? ふらふらとまー。よっぐ辿り着けたなぁ」
呆れたように腰に手を当てた門番は、ついてきな、とドアの方へ歩き出した。
「十中八九ギルド預かりになるとぁ思うけんど、まずはその格好どうにかせんと。とりあえずうちのかかぁのお下がりでええかいな。な?」
門番はぺらぺらとしゃべりながらドアを開いて美優の方を向いた。固まったまま動こうとしない美優に眉をひそめる。
「あん? くんだかこんだか、はっきりし!」
「い、いきますっ!」
「ん」
うながされて石壁に囲まれた細い通路を抜けると、数人の同じような門番がいる詰所のような部屋があった。
同じような鎧を着て、同じような兜をかぶっている人たちに一斉に見られ、立ち上がられた。
無言で近寄ってくる門番たちに慄いて後ずさるものの、すぐ背中に通路の壁があり、これ以上下がれない。
(無理無理無理無理っ! フラグ立ったし! もうここで速攻捕まって死んじゃうって! 神さまの役になんか立てないっ、もうむりーーっ!!)
目の前に近づいてくる黒いグローブに肩をすくめてぎゅっと目をつむると、ぐしゃぐしゃぐしゃっと首が振り回される勢いで頭を撫でられた。
「なぁんだ、このめんこいのはっ」
「ふらふら門の前にきてただぁ。えんらい格好してっからに、うちのかかぁの服着させんとと思ってなぁ」
「んだなやぁ、ラウリの嫁さんのなら間違いねぇ。めんこいしなぁ」
まだがしがしと撫でている門番がカカッと笑って頷いた。
「こっちさ座れ? 牛のチチでも飲むか?」
「赤ん坊でもなかろに、あっつぃ茶ぁのほうがいいべ、なぁ?」
次から次へと側にいる門番が話しかけてきて返事をする間もない。あれよあれよという間に詰所の椅子に座らされて膝にかける毛布のような布と陶器のカップを手渡されて熱いお茶を注がれた。
「髪も目も黒いっちゃ、ここいらじゃ見たことね。ちゃんとギルドに送ってやらにゃすんぐ攫われるべな」
大きな手で美優の頭を撫でてきた門番が腕を組んでラウリと呼ばれた門番に話しかけている。
「んだ、うっとこに行くまでは毛布で巻いて担いだがええと思っとぉ」
「それがえぇ、間違いねぇ」
門番たちに手厚く介抱してもらって、もしかしたら優しい世界? と思い始めていた美優に、ラウリは厳しい顔でこの街の事を教えてくれた。
「えぇか、嬢ちゃん。このトルスという街はとぉっても閉鎖的な街なが。うっとこみたいな田舎者にも当たりがキツいが、とにかく嬢ちゃんみたいなのはあかん」
「い、いけないとはどういう事でしょう……? 改善できるものはしていきたいのですが」
「うーん、うまく説明でけん。うっとこは学がないでぇ。ギルド長なんら、ちゃんと説明してくれるけぇ、そこへ送る。服は見繕ってやれるが、ここで住む方法はうっとこらじゃ用意してやれんでなぁ。すまね」
「いえ! 充分です」
「嬢ちゃんは学がありそうだで、それでなんとか身が立てれるとええが」
ラウリがいってくれた希望の言葉に、部屋の空気はシンとなってしまった。
(つまり……知識を要求される職業はない、という事ね。宿屋とか、食堂とかの肉体労働系が多いんだろうな)
体力はあるから皿洗いや給仕ならできる、と美優は黙ってお茶を飲んだ。
しかし現実は美優が考えるほど甘くはなく、〝美優〟ができる仕事はほぼ皆無なのを、ギルドに行って知るのである。




