傷だらけ令嬢の誇り ―グナイストの黒槍妃 2話
後夜祭、楽しんでいますか?
3話目まで書けずに申し訳ありません。
飛行機の中で書いた2話目から3話目の途中までデータが飛んでしまい、気力が中々戻らず、本業の年末進行もあり、忘年会の二日酔いの中、2話目で力尽きました。
中途半端な状態になってしまいましたが、是非、ご感想などあればよろしくお願いします。
まだま序盤な本作ですが連載しようと思ってます。
でも、ちょっと時間がかかるかな。10万字~20万字くらいで完結目処が立ってから投稿しようと考えています(最後まで書かないとエタる仕様なので書き終わってから出します)
本作はタイトルにあるとおり「黒槍妃」なので、カミラは将来王妃になります。
この物語は彼女の成長譚であり、幼かった二人の初恋拗らせ物語であり、王国内乱戦記でもあります。
世界観の背景としては、第10回書き出し祭りに提出した「絶望坂を蹂躙するのは悪役令嬢か復讐王子か」と同一。だいたい200年後くらいなイメージ。魔法の無いファンタジー世界になります。
それでは、またお会いしましょう。
とりあえず次は第17回書き出し祭りです!
果樹園の乱から2年。
グナイスト家をとりまく環境も大きく様変わりした。
次代当主であるニクラス、さらに長男ディルクが死亡し、一時的に騎士団総長に復帰して叛乱を制圧した祖父アルバンは、その功績ではなく、ニクラスが防げなかった叛乱の責を取って引退させられることになった。
武門の一族として権勢を誇っていたグナイストの凋落は、様々な面で波及することになる。
例えば、グナイスト家が持っているグナイスト伯爵位。
ニクラスの死亡を持ってディルクへ承継したことになっていた伯爵位は、本来、ディルクの死亡をもってアルバンが管理するものであったが、多くの貴族が、カミラがその地位を継承することに反対の意を示したのだ。
このため、グナイスト伯爵位は、カミラが成人するまで王家の預りとなっていた。
そのカミラが15歳となり成人したため、いよいよ伯爵位の行き先を決めることとなる。
カミラに対する叙爵を提案した王に対し、御前会議に参加した貴族たちは以前と同様に異を唱えた。
「陛下、そもそも2つの騎士団が叛乱に組みしたことからもグナイスト伯の罪は大きい。自ら身を挺して陛下とランベルト殿下を護ったとしても、その功によって罪が償えるものではありません」
「かねてからグナイスト家が武門の勇に驕り、一族以外のものを冷遇してきたことがこの結果なのではありませんか」
「娘婿の罪を、制圧ということで挽回したグナイスト侯ですら、自らその地位を去ったではありませんか」
「グナイスト家が持つ伯爵位は、このまま王家に返上させるべきです」
アルバンの引退により完全に勢いを失ったグナイスト家が挽回してこないよう、有力貴族たちは口を揃えてカミラの叙爵を防ごうとする。
先王弟の叛乱で顔ぶれが中立か王よりのものばかりに様変わりしていたのだが、親王派が必ずしもグナイストの味方という訳ではない。
さらにこれにはグナイストと親交の深い保守的な貴族も、王国の伝統を背景に反対した。
「女が伯爵になるなど、王政開闢以来なかったことですぞ」
「功に報い爵位を授けるのであるなら、伯爵ではなく新たに子爵位を授けることもできるはずです」
王国において伯爵位に女性が就いたことは無い。
子爵ですら僅かであり、女性貴族の多くは男爵、騎士爵に留まっていた。
また、グナイスト伯を承継するということは、将来のグナイスト家の当主であり、侯爵位に就くという意味を持つ。
女伯どころか、女侯が誕生することになるのだ。
守旧的な思想を持つ貴族が反対するのも当然のことだった。
「余には命を賭し、父、弟を捧げ、自分自身にまで大きな傷を負う事になってまで、余の子を護った令嬢に報いる力すら無いのか?」
「陛下、そういうことでは……」
「ならば、これは余の決定である! グナイストの忠は疑う余地は無い。叛乱の責は潜伏している逆賊ギースベルトにのみ負わせるべきものである。また、叛乱に加担した貴族及び2つの騎士団に対する責も、グナイスト侯ではなく、彼ら自身に負わせるものとする!」
王は貴族の顔をゆっくりと見回し、言葉を続けた。
「故グナイスト伯の騎士団総長としての管理責任については、先代騎士団総長であったグナイスト侯が義父として叛乱を制圧し、改めて騎士団総長の地位を退いた。これ以上、余は功臣たるグナイストに何ら罪を問うことは無い!」
叛乱により貴族に対する影響力を落としていた王であったが、アルバンを庇いきれなかった悔やみもあり、彼の名誉を回復することと、ランベルトを命懸けで助けてくれたカミラの功にだけは報いると、カミラへの叙爵を頑として譲らず、結局、カミラの叙爵は多くの貴族が不満を持ったまま成されることになったのである。
「久しぶりの王都です」
「叙爵後は、このまま王立学院へ入学となる。本当に良かったのか?」
「お祖父さま。これは我らが誇りへ報いるために陛下が通していただいた意地なのでしょう。それならば、私もまた意地を通させてください」
成人となり叙爵されるために王宮を訪れたカミラである。
その顔の左半分は縦に大きく入った傷を隠すために目の部分と口の部分に掛からないように工夫された白銀の仮面で覆われている。
「本来なら王立学院など通わなくていいものを」
叙爵に対して王立学院への入学は、貴族たちが出した妥協案である。
そもそも王立学院は子爵位以上の貴族の子がその地位の世襲をするため、あるいは官僚として身を立てるため、爵位を持つ者の配偶者となるためなどの理由で14歳から16歳の間に2年間、通うことを義務づけられている学び舎である。
国を支える身分にある以上、一定の学力が求められるということもあるが、王宮敷地内に設置された王立学院は、合わせて王家の監視下に貴族の子弟を人質として預けさせているという側面もある。王立学院の学生は例外なく2年間の寮生活が義務付けられることとなり、自らの領地や邸宅に帰ることは出来ない。
1年間を療養に充てた後、そのまま成人後に爵位を継ぐ予定だったカミラは王立学院への入学は想定していなかった。だが、「伯爵位に就くのであれば、学院に通うべきだろう」という貴族たちの主張がカミラへの叙爵の条件の一つになったのだ。親の早逝などの事情があって学院に通う前に爵位を継承したような場合、すぐに領地運営の実践をしなければならないため、通学は免除されるのが普通なのだが、それをねじ曲げてまで学院に通わせるのは、顔に傷を持つカミラへの嫌がらせでしかない。
「それにお祖父様からいただいたこちらも気に入りましたわ」
そう言ってカミラは顔の左半面を覆う白銀の仮面を撫で、優しく笑い、呼び出された王宮ホールへ入る。
「女のくせに前代未聞だ」
「叛乱を防げなかったグナイスト伯を受け継ぐなど厚顔無恥な」
「仮面で顔を隠すなど。傷を負って、どうやって子を成すのか」
「まだ、妃候補のつもりなのだろう、図々しい」
そんな棘のある言葉が王の前に跪くカミラの背後から聞こえてくる。
その言葉に何ら表情を動かすことなく、王より爵位を受領した後、カミラはそのままこう告げた。
「これまで陛下には祖父を通して当家の意向はお伝えしていましたが、私、カミラ・グナイストは畏れ多くながらランベルト王子の妃候補から正式に辞退させていただきます」
妃候補というのは役職でも身分でもなく、王室側の候補リストに名を連ねているというだけである。本来は各家の意向で辞退ということは可能なのだが、この2年間、王室はその申し出に対する返答を保留していた。
ランベルト自身が果樹園の乱以降、カミラと会うことが出来なかったため、一方的な事態について納得しなかったのだ。そのことは貴族たちも知らない。だがこの日、カミラ自身が明言したことで、グナイスト家からは婚約者辞退の意向があったことを知った。
そしてこの場で王が何も言わず頷いたことから、これが正式な決定となったのだ。
「グナイス女伯カミラ。今後の活躍に期待する」
「はっ」
カミラとの謁見後、王と王妃は私室にランベルトを呼び出した。
「グナイスト女伯が正式にそなたの王子妃候補を辞退した」
「ち、父上! 僕は認めていませぬ」
「これについては余が王として受け入れた。覆すことはできぬ」
「そんな。僕はあれからカミラに会うこともできていないのに……」
「いずれにせよ、無理でしたのよ」
「どうしてですか」
「傷を隠すためなのでしょう。あの娘は顔の半分を仮面で覆っていました。そのような姿で国民の前に、他国の王族の前に立てますでしょうか?」
「そんなことは関係無い!」
「ランベルト、黙るのだ。そなたは民に君臨する王になるのだぞ。そなたは民がどう感じるのか、常に意識する必要がある。関係ないという言葉は許されるものではない!」
「……失礼しました。陛下。感情が昂ぶり、言葉選びを間違えました」
「うむ。王子よ。お前なら理解できよう。そしてかような申し出をしてきたカミラの心意気も組むのだ。いいな。本日をもって正式にカミラは妃候補から外れるものとする」
「わかりました」
ランベルトは表情を消し、頭を下げた後、退出した。
王妃が立ち上がり、そっと王の肩へ手を置く。
「わかっている。幼馴染みを二人失うことになったのだ。罪悪感もあろう。だが王子はそれを乗り越えなければいけない。臣の忠孝を犠牲にしてでも君臨する。それが王になるもの宿命なのだ」
「辛いことです」
「だからこそ……本当はカミラのような者にランベルトの横に立って欲しかった。余にはそなたがいるように。もはや言っても仕方無いことだがな」
「カミラ女伯、お待ちしておりました」
「よろしく頼む」
王宮を出たカミラは祖父と別れ隣接する王立学院にある学生寮へそのまま移動した。
寮母に挨拶を済ませたカミラは、そのまま女子寮の最上階に用意された居室へ案内された。
爵位や官位を世襲する子弟が通う学院という都合上、すでに伯爵位を継承しているカミラは学内においては王族に次ぐ上位の存在となる。
女性の中では王国最高位の爵位を持つカミラには、もっとも高貴なものであるとして、最上階の一番広い部屋が割り当てられた。
「こんなに広くても、侍女を連れて来られないから意味がありませんね」
部屋に入ったカミラは一人呟く。
これが公爵家や侯爵家の令嬢であれば、同世代の伯爵、子爵の子女が学院に通いながら侍女を務めることで生活を維持することが認められていた。
グナイスト侯を後見人として持つカミラは侯爵家としての扱いを受ける権利があったのだが、これも貴族たちの負の感情が働く。
カミラは侯爵家令嬢ではなく、自身が伯爵である。ゆえに待遇は伯爵家と同等であるべきであり、また、最高位であるから最上階の誰もいないフロアを占有という優遇措置を取らせる。
伯爵令嬢と同等の待遇のため、侍女を連れてくることもできず、ただ広い部屋にポツンと一人住むことになったのである。
「いずれにしても槍が無いというのは落ち着きませんね」
どうせ誰もいない最上階なのだから領地に置いてきた愛槍を取り寄せよう。
カミラはそう考え、祖父へ連絡をするために手紙を書き始めた。
手紙を書いたカミラは1階のロビーへ向かい、寮の受付に祖父宛の手紙を出すように依頼する。そこで、彼女に面会に来た者がいるとのことで、面談室へ案内された。
「カミラ!」
「殿下、ご無沙汰しておりました」
「あの時以来だ。もう2年も経ってしまった」
面談室で待っていたのはランベルトであった。
面談室は父親などの男性と女子寮に入寮している学生が会う場合に利用される。
このため、個室ではあるが寮母の部屋に隣接され、ガラス越しに中の様子が分かるようになっている。
ランベルトが待っていたことに少し驚いたカミラだったが、すぐに気を取り直し、丁寧に膝を少し屈め美しい所作でカーテシーをする。
カミラと一つ違いのランベルトも、今年の入学生である。
貴族達の思惑と、療養生活の関係で入学が1年遅れたカミラとは同学年になるのだ。
ランベルトは人質の側面がある貴族と違い、寮生活の必要は無いため、すぐ隣の王宮から通うことになる。このため王立学院に来るのは一週間後の入学式からの予定だった。
「その仮面は?」
「傷隠しでございます」
「僕を護った名誉の負傷だろ。誰も気にさせやしないよ」
「右頬の傷は化粧で誤魔化せたのですが、こちらは少々みっともないですから。それに、お洒落のようなものですわ」
「そうなのか?」
「はい」
カミラはそう言って和やかに笑う。
その笑顔の優しさを知っているものは、少なくなってしまった。
「視力はどうなのだ? その、あの時、目を傷つけられたように見えたのだが」
「問題ありません。目の色が少し変わってしまいましたが、幸いにも視力には影響はありませんでした」
襲撃者の刃先は白眼部分を傷つけたため、その部分が赤茶色に変色してしまったが、視力へは影響がなかったのだ。
「それは良かった、とりあえず座って」
「はい」
促されるまま、カミラはランベルトの正面に座る。
以前なら、そこはディルクの位置。
カミラはランベルトの横に座ることが当たり前だった。
若干の違和感を覚えつつも、ランベルトはカミラに改めて頭を下げた。
「ディルクのこと、グナイスト先代伯のこと、本当にごめんなさい」
「殿下」
「そして僕のために、カミラに傷を負わせてしまい、本当にごめんなさい」
「殿下!」
突然、カミラの声が鋭くなった。
「カミラ?」
「殿下がなぜ謝るのです? 我らがグナイストの誇りを哀れまないでいただきたい」
「え、そんなつもりじゃ」
「殿下は、よくやった。それだけでいいのです。父も弟も殿下からの謝罪は望んでいません。私も自分の傷に誇りを持っております。たとえ国王陛下であったとしても、我らが誇りを哀れむことをグナイストは許容できません」
そしてカミラはもう一度和やかに微笑む。
「殿下、よくやった。そう誉めてやって下さい。父も弟も、本当にそれだけでいいのです」
「わかった。カミラもありがとう。いつか二人にも必ず墓前でお礼を言う、約束する」
「はい、こちらこそありがとうございます」
そう言って、カミラは立ち上がった。
「え、もう行くの?」
「殿下、私はもう婚約者候補ではありません。学生寮の面談室とは言え同じ部屋で長時間いては誤解を生みます」
「カミラ。僕はその話に納得していないよ。もう一度、婚約者候補に戻れないのか? いや、いっそのこと候補者ではなく婚約者として」
「殿下。私の傷は深く残っております。この顔、そして身体にも大きく。そのようなものが、殿下のそばにいることはできません。どうかご理解をいただけますでしょうか」
「陛下にも同じことを言われたよ。でも僕はカミラとディルク、3人でこの国を支えるのだとずっと思ってきた。ディルクがいない今、もう僕にはカミラしかいないんだよ」
「殿下にふさわしい方は必ず見つかります。そのための王立学院ですよ。いつか、殿下の横には、ともに我が国を支える方が立っていることでしょう。そして我らグナイストは国を護る忠実な黒槍として、いつまでもあり続けるのです」
カミラはランベルトに深く頭を下げた。
「わかった。今はだけど」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
頭を上げたカミラは素早く後ろを向き、面談室を後にした。
だからランベルトはカミラの目が少し潤んでいたことには気が付けなかった。




