宝石の魔女と自称竜のトカゲ 2話
連載はしたいと思いますが、未定です。
何もないところに神様がやってきました。
神様が手をかざすと、はじめに光が生まれました。光が生まれると闇が落ちました。
神様が手を上から下に動かすと、空が生まれ、大地が出来ました。
神様が手を横にふると、水が満ち、風が吹いて、世界には生命が溢れました。
神様は世界の理であり、世界の理は神様でした。
光なくして闇はなく。空なくして大地はありません。
光と水と風なくして生命は育たないのです。
世界はすべてが天秤のようにつりあっていました。
やがて世界に竜王が現れました。
竜王の魔法は、何もいりませんでした。
ないはずの風で木々を倒し。
砕けないはずの大地を割り。
来ないはずの嵐を呼びました。
魔法は何もない無から、あらゆるものを生み出しました。
世界の理を壊しました。
竜王は、形があればいつか壊れるという理から外れ、永遠に存在することもできました。
このままでは滅茶苦茶になってしまいます。
神様は秘かに人間の女に理の魔法を授け、竜王のもとへ向かわせました。
何も知らない女は竜王と仲良く暮らしました。
女が魔法を使えば何かがなくなります。
何かを失くさなければ、生み出せません。
壊すのなら、何かを作らなくてはいけません。
竜王の魔法と永遠は、女の理で正されるでしょう。
神様は安心して、世界を去りました。
――『古国記』より抜粋――
砂時計の魔女はセイズ皇国の皇后である。
この国は皇族であっても一夫一妻制。皇帝も皇后も人間だ。二人の間にトカゲや竜が生まれるだなんて有り得ないのだ。もしも皇帝が浮気をしたとしても、トカゲや竜と恋には落ちないだろうし、子供を設けるなんて不可能だ。
「あんたが、竜で、皇子?」
(馬っ鹿じゃないの。嘘にも程があるでしょ)
呆れて力なく曲げた指を、トカゲもといリンドブルムに向ける。
自分が竜だとほざいていただけでも馬鹿馬鹿しいのに、皇子だなんてさらに馬鹿馬鹿しい。
「そうだ! これを読んでみろ」
リンドブルムがまた小さな前足を胸の辺りに当てると、手紙が現れた。黒い宝石もだったが、どこから出てくるのか。
「それ魔法?」
「偉大なる竜だからな」
「あ~、はいはい」
戯言を流して手紙を受け取る。宛先はルシルで、皇后の署名が入っていた。
(げっ、まさか)
急いで封を切り、内容を読む。
「嘘でしょ。本当に皇子なの」
手紙を読んで唖然とした。
公式発表の皇子はレンオアム皇太子のみ。リンドブルム皇子など聞いたこともなかったが、手紙には息子のリンドブルムとある。
(ってことは、トカゲに見えるだけで人間? 宝石の呪いのせいかしら)
ルシルの視線は自然と呪われた黒い宝石に吸い寄せられた。
考えてみれば、トカゲが喋るというのもおかしい。呪いで姿が変わっているだけで、本当は人間なのかもしれない。
「だから言っただろう」
赤い目を得意げにつむったリンドブルムが、小さな両手を腰に当ててふんぞり返った。今だ。
「えい」
「ぴぎゃっ」
隙あり、と左右から伸ばした手を素早く合わせ、リンドブルムを掴んだ。
「ええい。何をする、放せ」
「はいはい」
文句を適当に流して、ひょいと持ち上げる。手の中でバタバタと暴れるリンドブルムの体は、細く滑らかでやっぱりトカゲそのものだった。
あまりぎゅっと力を入れると潰してしまうが、かといって力を緩めるとするりと逃げられそうだ。ルシルは両手を壁のようにして、リンドブルムを閉じ込めた。
「いいから、じっとして」
「じっとできるか! おい、こら、出せ。出せーー!!」
小さな手がルシルの手の中をペタペタと這い回り、しっぽだか胴体だかがパタパタと当たる。小さな爪はあったはずだが痛くはなかった。
「あ、なんか意外と気持ちいいかも」
ひんやりつるつるとした感触に和みつつ、宝石くずの入った袋に近づいた。リンドブルムを閉じ込めたまま、ずぼっと袋の中に手を入れる。
「鑑定」
滑らかな白く細い胴体に短い手足。赤い目。すらりと長い尾。手の中でもごもごと動いているのは、紛れもなく白いトカゲだ。人間でも竜でもない。
「やっぱトカゲじゃん!」
「トカゲではない。竜だ!」
ぴょこんと手の隙間から顔を出したリンドブルムが喚いた。ぎざぎざとした歯と赤い舌が覗く。
「嘘おっしゃい、トカゲ」
「トカゲじゃないっ。竜のリンドブルムだ」
「はいはい」
(うーん。鑑定の魔法でも視えないなんて。このブラックダイヤモンド、まじで何なの)
鑑定の魔法は真の姿を視せるものなのに、トカゲのまま。ブラックダイヤモンドの呪いは余程のものらしい。
これほどの呪いのかかった宝石が、持ち主に影響を与えないわけがないだろう。
呪いの力が強すぎて鑑定魔法が弾かれるのか、呪いのせいで既に姿が変異してしまっているのか。後者なら元の姿に戻ることは無理だ。
それだけではない。体調不良や衰弱。不幸の連鎖など。放っておけば最悪死に至る可能性もある。
(砂時計の魔女もそれを心配して、私を紹介したのね。責任重大だわ)
「~~っ! ええい、この幼体め。さっきからトカゲトカゲと。トカゲではないと言ってるだろうが。このちんちくりんが!」
上の空で対応していると、リンドブルムが怒り出した。
「はあああ? なんですって」
「ちび! ひよっこ! つるペタ!」
「ちび、ひよっこ……つ、つるペタッ!」
ルシルはわなわなと体を震わせた。かあっと頭に血が上りる。
「あったまきた。皇子だかなんだか知らないけど。悪口ばっか言うなら直さないんだからっ」
「はん! お前みたいな幼体に直せるわけがない。直さないんじゃなくて直せないの間違いだろう」
「失礼ね、直せるわよっ」
「直せるとしても、こっちが願い下げだ。半人前!」
ぎゃーぎゃーぎゃー。声も枯れよと売り言葉に買い言葉の悪態が続く。数分ほど続けた後、お互いにぜぇぜぇと息をついた。
(あーもう腹立つ)
もう一度口を開きかけたその時。
「俺だって好きでこの姿じゃない。一緒に育った竜は皆大きくなったのに、俺は」
リンドブルムが、ルシルの手の中で項垂れた。
「あ……」
(私の馬鹿)
偉そうな態度にかちんときて、つい言い過ぎてしまった。
どうやらリンドブルムは、物心つく前から竜と育ったらしい。
幼女ではなく幼体と言ったことといい。竜と共に育ったことといい。本気でリンドブルムは自分を竜だと思いこんでいるようだ。
(皇子なのに王宮で育ってないってことは。捨てられたとか? 皇子がトカゲだなんて知られたら、きっとまずいもの)
どういう経緯なのかは知らないが。竜と一緒に育ち、出生を公にされていないトカゲの皇子。トカゲの姿は人間の中で異質だが、竜の中であっても異質だったろう。
他者と違う疎外感。孤独。
常にそれらがつきまとっていたはずだ。
トカゲなのに竜だと言い張るリンドブルムを嘘つきだと決めつけたが、本人にとっては真実なのかもしれない。真実でないと分かっていても、すがっているのかもしれない。
(それなのに私、トカゲトカゲって連呼して)
なんて軽率だったのだろう。
怒りが冷めてしまえば、残るのは生ぬるい後悔だ。自分で自分が嫌になる。
「ごめんさい。気にしてること言われるのってすごーく腹が立つし、傷つくのに」
ルシルは手の中のリンドブルムをそっと床に下ろすと、しゅんとうなだれた。じわりと視界がにじむ。
「お、おう。分かればいいのだ、分かれば。あー、その。なんだ。俺も悪かったしな……」
そっぽを向いて短い腕を組んでいたリンドブルムだったが、小さな爪で頬をかきつつぼそぼそと謝った。それから赤い目をきょときょとと動かすと、胸の辺りに手をやる。
「ほら。これをやるから泣くな」
例によってどこからともなく出した白いハンカチを、ぶっきらぼうに差し出してきた。
「ぷっ」
「なんだ」
「なんでもなーい。ありがと」
(優しいとこあるんだ)
ハンカチを受け取り目元にあてると、ルシルはにっこりと笑った。
湿っぽいのはもう終わり。さっさと切り替えるに限る。
「この宝石を直そうと思ったら、まず呪いを解かないと。一気に全部解くのは無理だからちょっとずつね」
「全部は無理なのか」
「うん。魔力が絡まった糸みたいになってるの。ちょっとずつじゃないと解けないやつ。それに私の魔法の燃料は宝石だけど、店の宝石だけじゃ足りないから。買い足すお金もないし」
ブラックダイヤモンドの完全修復は、店の宝石を全て使っても無理だ。
買い足そうにもルシルの宝石店は儲かっていない。なので余分な金がない。
店中の宝石を使ってしまっては無一文。ルシルの魔法は元手がいるから、次の依頼を受けることさえ出来ない。
「金か。人間は何をするでも金が必要らしいな。面倒なことだ」
「『人間は』って、自分が人間じゃないみたいな言い方するのね」
「竜だからな」
「はいはい」
いい加減このやり取りにも慣れたもの。ルシルは『一身上の都合につきしばらく休業』と紙に書き、扉の札を営業中から準備中にひっくり返した。
「おい魔女。さっきからお前の『はいはい』はどうも適当なのだが」
「気のせいよ。あと私は魔女じゃなくてルシルね」
「ルシル、か。名乗りが遅かったのは不問に付してやろう」
扉の窓ガラスに先程の紙を貼る。床にいては何も見えないリンドブルムが、ちょろちょろとルシルの肩に登って貼り紙を見上げた。
「ルシル、休業するのか」
「お店の宝石を全部使っちゃったら営業できないもの。皇后陛下が報酬を払ってくれるらしいけど。そのためには皇城に行かないとね。えーと、皇城までの旅費はこれくらいかな」
ルシルは宝石に魔法付与を施したアクセサリーをいくつか見繕い、箱ごと巾着袋に入れる。
皇国の首都は広い。ルシルの宝石店は首都の外れで、皇城までは馬車で3日ほどかかる。馬車の乗車賃、宿泊代を考えると、店の宝石を全て使うわけにもいかない。修復の魔法で宝石を燃やしすぎては困るから、先に換金しておいた方がいいだろう。
(期日には少し早いけど、納品して旅費にしよう。あ、そうだ。依頼のアメジスト)
外套を羽織ろうとして、ルシルは動きを止めた。休業の貼り紙をしていたら、取りに来た時に困るだろう。娘のアメジストも箱に詰めてリボンをかけ、巾着袋に。
「宝石を直す前にちょっと出かけるけど、リンドブルムはどうする? お留守番してる?」
「留守番などと子供扱いするな! ついていくに決まってるだろう」
外套を羽織ると肩のリンドブルムが中で暴れた。首元からはい出してきて、また肩に乗った。
(肩にトカゲは目立つかもだけど。喋らなければいっか)
普通のトカゲのフリをするよう言い含めて、ルシルは歩き出した。




