首なし魔女の数奇な婚礼 〜醜き騎士と誓いのキスを〜 3話
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どこまでも広く澄んだ青空の果ては、雪のように白く輝く白銀の境界線。
まだまだ建物のひとつも見えやしない白夜砂漠を征くキャラバンの頭上。ネリーはぷかぷかと浮かぶエニシダの杖に腰かけながら、ゆっくりと旅の歩みを進めていた。
【白夜砂漠って広いのね。もう魔女の森すら見えなくなったわ】
風に舞い上がる白銀の砂塵よりも更にその上で、ネリーの雲の文字がそよりそよりと流れていく。まるで狼煙のように遠くまでたなびいてくその言葉は、誰も拾うことはなくて。
ネリーの華奢な足では、二十日もかかる長い砂漠渡りには耐えられない。そう思って空を飛べるようにエニシダの大きな杖を持ってきたのに、空の上ではおしゃべりをする相手もいないから退屈だ。
かといって地上近くを浮遊しようとすると、人や荷物が風の流れを阻害してしまって上手く滞空できないし、荷物を牽引してくれている黄色い羽冠の飾り羽ラクダからは熱いまなざしを受ける。ネリーの雲の文字が飾り羽ラクダの興味を引いてしまうようで、ラクダを引く隊員に追い払われてしまった。
けぶるような睫毛の隙間からのぞく、つるりと潤った飾り羽ラクダの空色の瞳はとっても愛嬌があって、いつまでも見ていられるのだけれど。さすがに砂漠渡りの邪魔になるならと、ネリーは一人寂しく空の上の人に甘んじていた。
魔女のおまじないをかけたエニシダの杖が、ご機嫌に空を泳いでいく。ネリーが退屈しのぎに長く伸びるキャラバンの隊列を見下ろしていると、先頭の方でキャラバンの指揮者と話し込んでいた甲冑の騎士様が不意に蒼い空を仰いだ。
「ネリーさん、降りてきてください。休憩しますよ」
【は〜い】
ネリーはエニシダの杖に高度を下げるようにお願いする。杖はちょっぴり物足りなさそうにしながらも、ふんわりとネリーを地上に運んでくれた。
白砂の色を反射して、きらきら輝く銀色の甲冑。太陽が段々と頂点へとやってきて、じりじりと砂漠を焼き焦がそうとする中、ずっと鋼鉄製の甲冑を纏っているエルネストは異質に見えた。
【エルネストさん、暑くはなぁい?】
「まぁ……鍛えてますから」
お茶を濁そうとするエルネスト。
だけどネリーに顔があれば、彼女はきっとまなじりを吊り上げていた。
【なに言ってるの! ほらここ! お日様の熱が籠もって湯気が立ってるわ!!】
「なんだと? おい、エルネスト、平気か?」
顔がないのに目ざとく気がついたネリーの主張を流し読みして、エルネストと並んで歩いていた男も声を上げる。
ワタリガラスの羽根のように黒々とした黒髪に、獰猛な獣を彷彿とさせるような金の瞳。焦がしキャラメルのような甘い色をした褐色の肌を覆うように、古びて黄ばんだストールと長衣を身にまとう、キャラバンの指揮者・ジーニアス。
彼はネリーが指を差したエルネストの足下に目をやると、甲冑のつなぎの隙間からもわりもわりと蒸気が出ているのを見つけてしまい。
「蒸されてんじゃねぇか!! おぉーい! ちょいと早いが休憩だ休憩! 天幕張りやがれー!」
ジーニアスの号令で、キャラバンの隊員たちは各々飾り羽ラクダから荷物をおろして天幕を張り始める。
ネリーもエニシダの杖の先に引っかけていたとんがり帽子から、ずるりと自分の天幕を引っ張り出すと、まるで音楽の指揮者のように指を振って、天幕を組み上げてしまった。
「魔女ってのは便利だなぁ。俺らにもそれができればいいんだが」
【修行すればできるんじゃないかしら? この天幕も、エニシダの杖も、魔法とは違って、魔女のおまじないだもの!】
「その修行する時間とキャラバンの稼ぎを天秤にかけると、キャラバンに傾いちまうんだよなぁ」
ぼやくジーニアスの前でするするとひとりでに組み上がった天幕は、ぺろんとその入り口の布をめくりあげて、天幕の主を手招いている。
【エルネストさん、どうぞどうぞ】
「えっ、いや、私は他の天幕の手伝いに……」
「さっさと休めこの野郎。まだ十日以上も歩かねぇといけねぇんだよ。てめぇは治療優先だ。まさかとは思うが、行きもこんな状況で黙ってたんじゃねぇだろうなぁ……?」
ジーニアスのドスの聞いた声に、ネリーは思わずエルネストを見た。甲冑の騎士様は微動だにせず、その顔色も視線も、バイザーの影に隠れてしまって全くわからない。でも居心地が悪そうなのはなんとなく分かってしまった。
ジーニアスはそんなエルネストに呆れたように息をつくと、ネリーにさっさと連れていけと手を振った。
「昼飯の用意ができたら持ってきてやる。それまでに手当しておけ」
【はーい】
「すみません……」
申しわけなさそうなエルネストにジーニアスは苦笑すると、背を向けて他の隊員たちの方へと行ってしまう。
ネリーはエニシダの杖を天幕の外に立てかけ、エルネストを中へと誘うと、さっそくその甲冑を脱ぐように指示した。
【さぁ、脱いで頂戴! 全身の火傷を調べてあげるわ!】
「いや、その、レディにそんなことさせるわけには……!」
【まぁ、わたしったらレディ? 嬉しいわ、嬉しいわ! でもね、今はね、エルネストさんの火傷を治す、薬師の魔女でいさせてね!】
そう言うと、ネリーはエルネストの甲冑に手を添えた。
瞬間、ぽっふんとネリーの首から雲が破裂するように吹き出して、その手をひゅんっと引いてしまう。
「ネリーさん?」
【熱いわ! 熱いわ! とっても熱いの! どうしてエルネストさん、これで平気なの!?】
「っ、ネリーさん、もしかして火傷……!」
それまでぐずぐずしていたエルネストは、すごい勢いで手甲を脱ぎ捨てると、ネリーの白い繊手を掴んで、自身の甲冑に触れたところを見た。
ネリーの指先が、赤くなっている。
「すみません、俺のせいで……!」
【はわっ……っ! あのっ! てっ、てがっ】
「火傷させてしまいました……俺がくだらないことを気にしていたせいで……俺の水筒は確か、ええっと」
エルネストはネリーの手を掴んだまま、彼女の手を冷やすために自分の水筒を探し始めた。男らしく皮の厚い、節くれだってごつごつした指が、ネリーの柔らかな手に触れている。
エルネストを治癒しないといけない気持ちと、自分の浅はかな火傷と、初めて触れた男の人の手の大きさに、とうとうネリーの雲の文字は大噴火してしまった。
「ネリーさん!?」
「ネリー? エルネスト? 煙が外までっ、て……うぉ、なんじゃこりゃ」
外へとこぼれ出た雲の文字に気がついたらしいジーニアスが、天幕をのぞき込んだ。白いもくもくとした煙がネリーから噴き出していて、その手をエルネストが握っている。ジーニアスはすっかりと呆れてしまった。
「エルネスト……ラァラから聞いてないのか」
「えっ? あの? 何をですか?」
「ネリーは生粋の箱入り娘だ。そこらのご令嬢なんかよりよっぽど男に免疫がない。触るとそうなる」
エルネストは気がついた。
そういえば、初めて出会ったとき、彼女に求婚をした際にも、今と同じ状況になったような……?
エルネストはネリーの手をそっと彼女の膝におろして、諸手を挙げた。敵意はないですよ、の姿勢に、だんだんとネリーの雲の文字も落ち着いていく。
【だめよ! だめよエルネストさん! そんな! 直接手を触れてしまったら! 赤ちゃんができてしまうわ!】
「えっ」
「すげぇぶっ飛び方したな。魔女の教育どうなってんだ」
もし顔があれば火照った頬に指を添えていたような身振りで、ネリーが体を揺らした。ぶんぶんとふられる雲の文字の乱れ具合が、ネリーの幼い乙女心を物語っている。
「で、エルネスト。鎧の中の具合はどうなんだ?」
「あの、いや、今それどころでは……」
「仕方ねぇなぁ。ネリー、落ち着け。まだまだおこちゃまだな。それでも一人前の魔女かぁ?」
パンパンと手を叩いたジーニアスが、ネリーに挑発するように言えば、くねくねしていたネリーの雲の文字も徐々に落ち着いてきた。
しばらく、細くたなびくだけの雲が生まれたあと、もくもくとしっかりとした文字がネリーの首から生まれて。
【わたしは魔女ネリー。もう立派な魔女よ! 魔女の婚姻をしないと赤ちゃんも生まれないものね! あせったわ! んもぅ、でも駄目よ、エルネストさん! 手をつなぐなんて破廉恥なこと!】
「……はれんち」
「エルネスト、後でネリーが好きな恋物語本を教えてやるよ」
呵呵と笑ったジーニアスはそう言い残すと、また天幕の外に出て行ってしまった。
あとに残されたネリーとエルネストは顔を見合わせ――ようとしたけれど、視線が合わないので、無言でそれぞれ動き始める。
ネリーはとんがり帽子の中から火傷に効くものを探り当て、エルネストはネリーに背を向けて頭以外の防具を外した。
一通り準備を終えて、ネリーがエルネストの身体を診ていく。鎧の中に隠されていたエルネストの肉体は、細身ながらも無駄のない張りのある筋肉に覆われていた。診察のため、そこへと触れるたび、ネリーの胸はドキドキしてしまいそう。
けれど、甲冑の中で随分と蒸されて熱を持っていたエルネストの身体。ネリーが触れるたび、不満そうに雲がけぶった。
【ねぇ、エルネストさん。どうして甲冑を脱がないの? 砂漠渡りに甲冑は不向きだわ。顔を隠さないといけないなら、ストールやローブでも大丈夫でしょう?】
ネリーはとんがり帽子の中から引っ張り出した水筒の水を使って濡れたタオルを作ると、エルネストを横たえさせて節々にそのタオルを当てた。井戸の妖精を詰めた水筒の水は枯れることなく永遠に水が湧き、十分にエルネストの身体を冷やしてくれる。火傷になっていたところは、ラァラ特性の塗り薬をたっぷり塗りこめておいた。
熱から開放された身体に、エルネストは兜の奥でほっと息をつきながら、ネリーからけぶる雲の文字を読んで、苦笑する。
「私が甲冑を着る理由、ですか」
【そうよ。もしストールもローブもないのなら、わたしが仕立ててあげる。魔女ネリーが一番得意なことは、刺繍のおまじないなのよ! うんと素敵なものを作ってあげるわ!】
ネリーが横たわるエルネストの兜を覗き込むように雲の文字をくゆらせれば、エルネストは居心地が悪そうに兜の中で目を伏せた。
エルネストには、葛藤がある。
こんなことを言ってしまえば、ネリーを幻滅させてしまわないか。弱い男だと、そんな心意気でドロテを断罪できるのかと。そう言われてしまわないかという、不安がある。
どうしたものかとエルネストが口をつぐんでいれば、ネリーがそっと彼のバイザーへと手を当てて。
光がなくなったバイザーの奥。これではネリーの文字が読めないと、起き上がろうとしたエルネストを、動くなというようにネリーのもう一つの手がぐっと肩を抑えてくる。
止む方なしとエルネストが大人しく身を横たえていれば、その内、火照っていたはずの身体の熱とともに、エルネストの中にあった不安もじんわりと消えていって。
静かに、何も言わずに、そっと寄り添ってくれているネリーの存在だけが。
バイザーの向こうの光からエルネストを隠してくれている事実を通して、伝わっている。
まるでそれは、ネリーが「エルネストさんが言いたくないなら、言わなくていいよ」と、言外に伝えてくれているようにも思えて。
もしかしたらネリーはすっごく気になっているのかもしれない。でも、本心を隠せない彼女はこうやって、エルネストから無理やり聞き出さないように気を遣ってくれているのかもしれない。
闇に覆われていたバイザーの奥で、エルネストはふっと微笑んだ。
「……私が鎧を外さないのは、怖いからです」
ネリーの文字は見えない。
でも見たいと思って、エルネストは優しくバイザーに添えられたネリーの指に、自分の手を重ねた。
「私はドロテにこの呪いをかけられたあと、多くの者から嫌悪のまなざしを向けられました。素の顔で宮中を歩くことはできず、騎士団からは半永久的な暇を出されました」
当然だった。
素顔を晒して歩けないエルネストが自由に宮中を闊歩すれば、もし不審者が彼の姿を真似ていたとしても、誰も気づけないから。
でも、それだけなら良かった。
顔を隠すだけで、良かった。
「ですが、嫌悪だけではないんです。友人が、家族が、泣きながら醜いと私を罵って剣や刃物を握るのを見てしまうと、もう駄目でした。あぁ、私はいつか、彼らに殺されるかもしれないと、そう思ってしまった瞬間があるんです」
だからエルネストは常に甲冑を着ている。
起きているときはもちろん、眠る時すら甲冑を着ている。
これはエルネストの弱さだ。騎士としてあるまじき弱さだと、エルネスト自身も痛感している。それでも、そうしないと不安ばかりが募って、いつでも正面から、背中から、誰かに刺される不安がつきまとってしまったから。
エルネストがそっとネリーの手をバイザーから離す。
バイザーの隙間から注がれた光の向こうには、ゆらゆらとネリーの雲の文字が、細く、か弱く、たなびいていて。
【悲しいわ。悲しいわ。とっても可哀想。お友達や家族に殺されるなんて、悲しいわ。なんてこと。どうしてエルネストさんがそんなこと、されなくちゃいけないの】
「ネリーさん、悲しんでくれるんですか?」
【悲しいの。悲しいのよ。どうしてドロテはそんなひどいことをするの? 家族を失う痛みが一番強いことを知っているのは、お姉さんなのに……】
きっと、ネリーに顔があれば、涙を流していたのかもしれない。表情というものはとても大切で、そこから読み取れる感情というものがあるけれど、ネリーもエルネストも、お互いに表情が分からない今は、言葉以上にお互いの感情を共有はできなくて。
でもその分、ネリーの裏表のない雲の文字に、エルネストは救われる気もした。彼女はエルネストに対して失望なんかしていない。悲しんでいるのはエルネストへの同情だけじゃない。彼女の言葉には、ドロテに対しての憤りもあったから。
「ネリーさん。鎧の中にいる私は、こんなにも情けない男です。貴方の人生を貰い受ける覚悟があると言っても、不安になることでしょう。……最悪、ドロテの断罪ができればいい。同じ魔女を味方につけることができれば、私の呪いなんて解けなくても良かったんです。国さえ、主君さえ、ドロテの魔の手から守ることができれば……」
どうにかして、ドロテに対抗できる魔女が欲しかった。
ドロテ断罪を掲げる同志たちの話し合いの元、エルネストの呪いの解呪に必要な魔女の婚姻というものは、便利な理由になると思われた。だからエルネストはここに来た。
だけど実際に出会った魔女、繋がった魔女は、あまりにも純真無垢で。
だからこそ。
「ネリーさん。きちんと本心を話さなかったことをお詫びします。それでも私は、父や母とまた笑いあいたい。友人と飲み交わすような夜をもう一度と、願ってやまない。こんな我儘だけで貴方に求婚した私を、受け入れてくれますか……?」
エルネストはネリーの手をやんわりと握りつつ、身を起こして、彼女に向き合う。
最後の方は声が震えてしまった。
それでもまっすぐに、ネリーの心があふれる雲から目をそらさずにいれば。
【エルネストさんはとっても優しいわ。優しい男の人ってとっても素敵。それにとってもたくましい身体をしているわ。こんな身体ならわたし、お姫様抱っこもしてもらえるかもしれないわよね? 騎士様って素敵だわ! ちょっぴり情けなくたって、エルネストさんが真摯な人だって伝わってるもの。後悔はしないでしょう? ね、わたし!】
たぶん、ネリーの自問自答だったのかもしれない。
エルネストが見てはいけなかったような言葉も混じっているような気がするけれど、でもだからこそ、エルネストは安心と、なんだかおかしさも込み上げてきてしまって。
「お姫様抱っこをしてほしいんですか?」
【まぁっ! まぁまぁまぁっ! 恥ずかしいわ! 恥ずかしいわ!!】
エルネストは、首がないこの少女のことを、少し可愛いとすら思ってしまった。




