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#書き出しコロシアム  作者: 玄武聡一郎 企画用アカウント
【準決勝】【B】ブロック
33/58

冤罪で断首されましたので、悪役霊嬢になって真犯人を探します ~殺しましたわね!?お父様にも殺されたことございませんのに!~ 2話

 ああ、懐かしの我が家ですの!

 レオリックさまに憑りつき共にデスコット邸へと戻ってまいりましたけれど、みなどうしているでしょうか。


 こうして再び邸宅の地を踏めるとは思ってもおりませんでした。いえ、地面は踏まず浮いているのですけれど。

 門扉からお屋敷まで続く庭園の黒薔薇に変わりがない所を見るに、お母さまはお元気のようですわね。常々、庭番のオシュ爺と共に、お花のお世話をされておりましたから。

 でも、少しくらい悲しみのあまりお花のお手入れを疎かにしてくださってもよろしいのではなくて? ずいぶん艶々とした黒薔薇園ですのよ!! わたくしが存命の頃よりも見栄えがよくなっている気さえするのですけれど!


「レオリックさま。お庭の黒薔薇は当家の自慢ですのよ。お母さまが丹精込めて育てた薔薇たちの芳醇な香りは―――あら?」

(本当に見事な薔薇園だね。馥郁たる香りながらも、甘いだけではなくどこか透きとおっていて、早朝の湖畔にいるような清々しい気分だよ)


 よくもまあそんなに修辞がすらすらと。これで表情は眉一つ動いていないのですから祝福(ギフト)とは怖ろしいものですわね。ですがわたくしが気になっているのはそこではなく。


「香りが、しませんわね」

(そうかい? とても優雅に香っているが)


 幽霊に嗅覚はいらないと、そういうことですの!? 一人寂しくお墓でふよふよと浮いておりましたので、まったくもって気づきませんでしたが事実は事実として認めなければなりません。それに、わたくしの冤罪を晴らすのに、それほど重要とも思えませんので良しといたしましょう。


   ◇   ◇   ◇


 扉の前で執事に迎えられ、レオリックさまと共に本邸から離れた別邸の大食堂に。

 普通、来賓には応接間では? わたくし、この家の令嬢ですのに。ちょっと死んでいるだけでこの仕打ちはあんまりではございませんこと!? 別邸の、それも大食堂など、年に一度使うかどうかではございませんか。お父様の趣味で固められた装飾の数々が並んでおりますので、あまり落ち着いてお食事もできないとわたくしの中でもっぱら評判のお部屋ですのよ。おそらく家中の者がそう思っているのではないかしら。


「―――と、ここはそういうお部屋ですわ」

(なるほど、実に深く理解したよ愛しのカシャーラ。椅子の数が13であるのも、至る所に骸骨の意匠が施されているのも、豪奢な敷物に剣に巻き付いた龍の紋様があるのもそのためだね)

「お父様がお座りになる椅子の骸骨だけは眼帯がついているのもそうですの。こればかりはお父様の趣味を理解しかねますわ」

(なに、理解してみせるとも、いずれ僕の義父になる人なのだから)

「レオリックさまが染まらぬことを願うばかりです……」

(部屋の隅にあるあの精巧な細工のついた棺桶は?)

「あれはわたくしにも分かりませんが、新しく手に入れた細工物か何かでしょう。分からずともよいことは分かりますの」

(ははっ。いやはや、ずいぶんと手厳しいな)


 仰々しい大食堂からは少しおいとましたく存じますけれど、わたくし、レオリックさまのお傍を離れること叶わず。

 もう! 幽霊はもっと自由なものだと思っておりましたのに! ふわりと浮くことはできても空を飛びまわることなどできず。すれ違う人ごとに片端から心の内を覗いていけば冤罪の証拠も見つけること容易かと思っていたわたくしが甘かったですわ。せいぜいがレオリックさまとお手を繋げる範囲程度では自室の様子すら見に行けません。


 ああ、お父様やお母様、それに使用人の皆もどうしているのか。一刻も早くわたくしの事をお伝えせねばと思っていると、お父様が大食堂にお見えになりました。


「待たせてすまぬ、レオリック殿下。先客をあしらっておりましてな。デスコット家当代、ダイアロン=デスコット、参上仕った」


 お父様! わたくし、カシャーラ=デスコット、幽霊の身なれど帰ってまいりました! 姿は見えないでしょうけれども、わたくしはここにおります。ですので、どうか悲しまれませぬよう。


「ふふ。今日も、この左手の死神が疼いてなりませぬ」


 あ、悲しんでおりませんわねこれは。お仕事をされる時の役どころにしっかり入っておられますわ。淀みない決め台詞がその証拠ですの。

 ばさりと黒い外套を翻して長机の対辺の椅子、お父さま専用のそれにお座りになられます。眼帯も、左手だけ着けた黒革の手袋も。完全に『死爵装備』といった出で立ちです。


 あまりにも普段通りのお姿に少し疑ってしまうのですが、わたくし、死んだのですよね? お父様、娘が死んでおりますのよ。しかも冤罪で。

 かと思えば、すぐに顔を曇らせて長く弱々しい溜息を一つ。


「実に優雅なご登場だな、デスコット卿」

「ご不快に感じたでしょうが、これをやらねばどうにも身が入らず……何せ、一人娘に先立たれてしまったのです。虚勢を張る事を許していただきたい。妻も、娘の死を忘れるように薔薇園の手入ればかりしております」

「ふむ」

「弱みなど見せようものならば、当家そのものを潰そうという向きも出てくるもの。ええ、対外的には、毅然と……しておかねば」


 ああ、なんと深く重い沈痛な面持ちを。

 お二人が悲しみから逃れるための行動だっだとは露知らず。わたくし誤解しておりましたわ。やはりわたくしは親不孝者ですの。


「俺には関係ない」


 ちょっとレオリックさまぁっ!?

 あ、いえ、そうでしたわね、祝福(ギフト)です! 祝福(ギフト)ですわ!!

 ぎょっとしましたけれど、無表情もにべもない対応も鉄仮面の効果ですわね。いやもうほんとそれ、呪いではございませんこと? 外交で役立つ? え、本当ですの?


「気遣い、痛み入る。レオリック殿下」

「婚約の破棄は、王族として当然の権利だ」

「破棄しないですと!? 娘は既に命を落としておるのですぞ!?」

「ああ。破棄だ」


 はぁん!? わたくしにも分かるように言葉を交わしてくださいまし! 己の主張だけを乗せた言葉のぶつけ合いは対話とは言いませんのよ! ええと、レオリックさまのお言葉は本心でなく、お父様は“鉄仮面”のことをご存知なのですから……死人を相手に、婚約は破棄しないとそう宣言されたことになりますわね。そしてお父様はそれを意外だと感じている、と。


 お父様が、深く息を吐いてレオリックさまと、その隣にふわふわと浮いている見えないわたくしの方へ視線を。思案顔ではありますが、何を考えておられるのでしょう。ちょっとレオリックさま、向こうの椅子へ寄っていただけませんこと? そうすればお父様が何を考えているか読めますので。


「本気ですか、レオリック殿下」

「ほんの冗談だ」

「そこまでのお言葉をいただけるとは……」


 んもう、またややこしいやりとりをして。

 意を決したように、静かに目を閉じてお父様は言葉を続けようとしておられます。わたくし、これ以上混乱する訳にはまいりませんの。レオリックさま、少々失礼して心を読みますわね。


「黙っていろ(何か、伝えたいことがおありのようだが)」

「殿下に、お頼みしたいことがございます。実は、娘を生き返らせる方法は、あるにはあるのです」

「興味がないな(なに、それは真かデスコット卿!)」

「我が祝福の、秘めたる能力を以てすれば。ですが……」


 部屋の隅に置かれていた棺桶、さきほどレオリックさまと話題にしていたそれにお父様が歩み寄り、ごとりと蓋をずらしてみれば。

 首のない体が一つ、静かに横たわっておりますわね。もしかして、あの体は―――


「なるほど。(カシャーラ!! あの繊細さを十の指先に宿らせたすべらかな手は間違いなくカシャーラのものだ!! だが死体とは思えぬあの肌の瑞々しさはどういうことだ!?)」

「処刑の後、当家に返されたのは娘の体のみ。我が祝福にて娘の体はなんとか保っておりますが、体が全て揃わなければ十全には効果を発揮できないのです」


 やっぱりわたくしの体ですのね!? レオリックさまの審眼がそう仰るのならば、少し半信半疑でしたがわたくしも信じましょう。首がなかろうともあれはわたくしの死体です。

 それでは、首はどこに? まさか焼かれたりなどしてはいないでしょうか。


「処刑を執行したキルネク家に首を返すよう通達を出し、先ほどまで当家に呼び立てておりましたが、知らぬ存ぜぬの一点張り。しかし、あれの一族は最も当家を恨んでおるのです。あやつらが持ち去ったと私は見ております」


 先客とは、キルネク家のことだったのですね。

 ええ、わたくしもそう思いますわお父様!! 代々、処刑執行官を務めているキルネク家と死体監査を請け負う当家は確かに確執がございます。両家とも、死に関わるお役目をいただいているのですが死を扱う役職は二つも要らぬと何かにつけて突っかかってくるのです。

 ああ、思いだしても腹が立ちますわね。わたくしの首を刎ねる時のキルネク家ご令息のあの顔! きりきりと口の端を上げてそれはもう嬉しそうにギロチンを落としましたのよ!


「ふむ、首などあっても仕方ないだろう(カシャーラの可憐、佳麗、美麗と美神三柱の寵愛を備えた首を戻せば彼女は生き返るのだな?)」

「表立っては婚約を破棄されておる殿下に無理を申す事、重々分かっております」

「断じて働かないぞ。断じてだ!!(この身を、命を懸けてでも首を取り返そうとも!)」

「ああ、感謝の言葉もございませぬ……」


 お父様がわたくしの死体、その手に優しく触れてから、レオリックさまに深く礼をなさいます。そして、低く、微かに聞こえる嗚咽。掠れる声で「なにとぞ、なにとぞ……」と呟き。


「謂れのない罪で娘を裁かれ、あまつさえ首もないなど……ッ! 親として、これほど遣る瀬のない事がありましょうか……!」


 ああ、ああ! わたくしはここに! ここにおります、お父様! 手を伸ばしてもお父さまの所までは届かず。こうまで悲嘆に暮れるお父様を放ってはおけません。


「あ、あの、レオリックさま。お父様に近づいていただいてもよろしいでしょうか」

(ああ。早く卿にカシャーラの現状をお伝えして差し上げよう)


 椅子からレオリックさまが立ち上がり歩み寄ろうとした時、大食堂の扉が不意に開き、実に不愉快な声が聞こえて参りました。


「おやおやおや。死爵殿、そしてこれはなんと彫刻王子がおいでとは。何やら密会のご様子。吾輩、お邪魔でしたかなぁ」

「キルネク……! 貴様との会合は先ほど終えただろう」

「なに、言い忘れたことがあったのでお前を探していたのだがねぇ。このような辛気臭く黴臭い場所で、正式な通達もなく王族と通じているなど大問題ではないかなぁ」


 相も変わらずの、ガラスを擦り合わせたような不快な声。ぴっちりと撫でつけられた髪に下卑た顔を張り付けたキルネク家当主の姿が。白一色で厭らしく揃えられた服も気に障りますわ。何よりもその毒々しいほどに赤いルージュ! 美的感覚の理解が追い付きそうにありませんの。


「そんなことよりも、殿下に対する先の発言、不敬であろう!」

「んんん!! そうかも知れぬが、今やどうでもよいことだ」

「……意味が分からんぞキルネク」

「ぬふ! ぬふふ! お前も存外に頭が悪いな」


 いちいち腹立たしいですわねほんと。

 どういった人生を歩めばこのような無礼無作法を身に着けられるのか全くもって分かりませんわ。


「さて、殿下もおられるなら好都合だ。言い忘れたことを伝えておこう。娘の次はお前だぞぉ、ダイアロン=デスコット。そしてその次は殿下、あなたです」

「何だと貴様……っ!!」

「待て、待つのだデスコット卿」


 レオリックさま、どうしてお父様を止めますの!! こんな、不快を集めて捏ねて薄くのばして悪意を包んで服を着せたような、それもわたくしを処刑した一族に……!

 あ。レオリックさまが待てと仰るならば、本心はやってしまえとお思いなのでは? お心失礼。


(許せ、企みがあることは明白だが、今は耐えてくれデスコット卿。一部の王族と卿にしか、僕が祝福を持つことは知られていないのだ。それは卿もご存知のはず! 今だけは表に出た言葉通りと捉えて、どうかこの場は……!)


 お父様の目が深い哀しみを一瞬だけ示して、そのまま力なく項垂れてしまわれました。


「殿下の……仰せのままに」

「それでは吾輩は失礼しよう。殿下、このような子爵家に関わりを持ったことが間違いでしたな。三日後の王貴会議を楽しみになさいませ。お二人の揺るがぬ追罪を掲げる準備がこちらにはある! もう貴様らはおしまいだぞぉ。ここでの密会も罪に追加してくれよう! ぬふわははは!」


 ……何ですって?

 今の口ぶり、まさかお父様やレオリックさまにまで冤罪をかけようというのですか!

 許せません。わたくしだけでは飽き足らず、わたくしの大事なものまでも手にかけようなど!


「レオリックさま。追ってください。わたくしに考えがございます」

(どうしようと言うのだ)

「仔細は歩きながら。お早く」

(まさかキルネクに憑くつもりか! ダメだ! そんな危険な―――)

「わたくしは死にませんわ。もう死んでいるのですから。それよりも、当家を陥れようとしていることが何より許せませんの」

(カシャーラ……)


 部屋を出る前にちらりとお父さまを見れば、拳を固めて苦悶の表情をしておられます。お父さま。きっとお助けいたしますわ。


   ◇   ◇   ◇


 要は、王族と貴族が一堂に会する王貴会議までに、冤罪の証拠を集めればよいのです。幸いにも、今のわたくしならばそれができます。この身が幽霊であることに感謝しなければ。


 庭園、お母さまの黒薔薇園の前でようやく追いつき、レオリックさまがキルネクを呼び止め。


「キルネク卿」

「おやぁ、殿下。いかがなさいました。もしや命乞いですかな?」

「ああ、そうだとも。デスコット卿と私は、無関係なのだ」

「ぬふわははは!! 実にお見苦しいですな!! せめて懇願の表情でも見せてはいかがか! ああ、殿下。いや、レオリック! 今にお前もこうなるのだ!!」


 ああ! この男、お母さまの黒薔薇までも踏みにじるなんて!!

 まして、レオリックさまの頬に散った花弁を土埃と共に擦りつけるなど、どこまで厭な男なのでしょうか。


 ですが、今が好機。

 レオリックさまから、キルネクめに憑りつきましょう。このまま、下劣な企みを全て突き止めて破算せしめて差し上げますの。


「どうぞ、ご観念を。首は吾輩が落として差し上げる。ぬふふ……ぬふわははは!!!」


 キルネクの高笑いを見送るレオリックさまが離れて小さくなってゆきます。その端正なお顔を一切崩すことなく、じっとこちらを見据えて。

 どうかご心配なさらないでくださいませ。今のわたくしならば。幽霊となったわたくしならば、きっとやれます。やってみせます。

 三日後の刻限までに、必ずや吉報をお持ちいたします。


 差し当たって、そうですわね。今のわたくしの立場は霊嬢とでも呼ぶべきでしょうか。誰にも聞こえていないでしょうが、決意と共に名乗らせていただきます。


 ―――わたくしは死爵霊嬢カシャーラ=デスコット。あなたに絶望を届けてさしあげますわ。

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