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遺産相続パニック【24】


「それで?ただ数字を並べるだけじゃないんだろう?他の歌詞を見ればいいのか」


 俺は自分のメモへ向き直る。素直に「教えてください」と砂橋に言うのはプライドが許さない。


「ところで金山さん。金庫は開いたんだから、遺産の寄付はなくなったんでしょ?」

「そうですね。これでちゃんとした遺言書を読むことができます」


「へぇ~。やっぱり、ちゃんとした配分があるんだ」

「ええ。あの金庫の中に」


 ずっと思っていたが、なんで子供に教える歌なのにこんなにも物騒な単語ばかり出てくるんだ。死んだが三回も続いて、やっと産まれたが来る。


「そういえば、朗氏さんって脳卒中で亡くなったんだね。ちゃんと死因聞いてなかったけど。ずいぶん急だね」


「私も聞いた時は驚きました」


 死んだ。亡くなった?

 秋風吹いて、老人死んだ。老人が亡くなった。

 九から九がなくなった?



「引き算と足し算か」



 九引く九は、零。


 八引く三は、五。


 六引く五は、一。



「最後は産まれたから足し算……」


 三足す五は、八。


「暗証番号の答えは、零、五、一、八か?」


「そうそう。四桁なんてびっくりだよねぇ」


 いまだに金庫にかじりついて、間違えた間違えてないもう一度と騒いでいる三人の喧騒など耳に入らないと言うように砂橋は肩を竦めた。


 唐突に、食器が落ちる音がした。


 音の方に目をやるとタオルで拭いていた平皿が床に激突して散らばっていた。膝から崩れ落ちてしまう坂口を近くに座っていた金山が慌てて支える。


「大丈夫ですか?」


 俺も慌てて坂口に駆け寄ると彼女は目から滴る涙を自分の手の甲で拭っていた。



「五月……十八日は、雛子ちゃんの誕生日なんです」



 息を詰まらせながらも言葉を紡ぐ彼女の傍に「だいじょうぶ?」と心配そうに雛子が駆け寄り、顔を覗き込む。坂口は雛子の小さな手を握りしめた。


 ああ。なるほど。


 朗氏が大切にしている雛子の誕生日を入れれば、歌の暗号など解かなくてもすぐに金庫は開いたのだ。


「……知っていたのか?」


「何が?ヒナちゃんの誕生日が暗証番号だって?知らなかったよ。でも、まぁ、誕生日のケーキの話とか、朗氏さんと雛子ちゃんの誕生日とか、五月だなぁとは思ってたけど」


 砂橋は席から立ったと思うと、坂口を放って居間へと向かった。いまだに金庫の傍にいた三人も砂橋が近づくと金庫の前からどいた。大輔が「早く開けろ!」と急かしていたが、砂橋はそれを無視して金庫の前にかがむ。


 雛子の誕生日を設定した金庫の中には何が入っているのか。


「何故、朗氏さんが雛子ちゃんの誕生日を暗証番号にしたのかは、分かりませんし、憶測も語りませんが」


 砂橋は先ほど開けたのと同じ動作でダイヤルを回し、重たい金庫の扉を開けた。

 中には数枚の紙と手紙が入っていた。

 金庫を開けた砂橋を押しのけて、大輔が中の書類を手に取る。そして、書類を見て、固まった。


「ちょっと私にも見せてよ」


 伊予と小春が書類を覗き込む。


 固まる三人を横目に砂橋は金庫の中に残った手紙を取り出す。表にはでかでかと「遺言状」と書かれたそれを確認すると砂橋は顔をあげた。その視線の先には、坂口を宥めて雛子と共に金庫の部屋へとやってきた金山がいた。


「金山さん。遺言状の読み上げを頼みます」

「あ、はい。ありがとうございます」


 金山は砂橋から遺言状を受け取った。


「大輔さん、そちらを見せていただいても?」


 砂橋は返答を聞く前に大輔の手から書類を引き抜いた。その行動を大輔たちは気にも留めず「どういうことだ」「嘘でしょ」と呟いていた。


 俺は砂橋の隣に移動するとその手元にある書類を覗き込んだ。


「死亡……診断書?」


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