遺産相続パニック【19】
いったいどれだけの時間、お手玉の練習に費やしていたのか。お手玉ができるまでやらせようとする雛子の集中力に感服する。感服はするが、正直もう解放させてほしい。何故、俺たちはここまで来てお手玉の練習をしているのだろうか。
「休憩!休憩したい!一時間以上もお手玉してるなんて狂気の沙汰だよ!」
「きょうきのさたってなぁに~?」
「とっても楽しいという意味らしい」
「そんなこと言ってない!弾正、小説家なら子供に間違った知識教えないで!」
ついついからかう俺の背中を砂橋が勢いよく平手打ちする。パンと大きな音がするが、音に対してあまり痛みはない。痛くないわけではないが。
「とりあえず、休憩にしよう。オレンジジュースでも飲むか、二人とも」
「飲む飲むー!」
雛子は立ち上がるとすぐに冷蔵庫へと走っていき、オレンジジュースの紙パックを取り出した。棚からコップを三つ取り出すとオレンジジュースを注ぎ始めた。
「もうあの物騒な歌覚えるくらいお手玉やってたよ……もう一生お手玉したくない」
隣で呻く砂橋を放って俺は雛子の元へと行った。俺の分もオレンジジュースを用意してくれるとは。
「運ぶのを手伝おう」
「ありがとう!」
俺はオレンジジュースがたっぷり注がれたコップを二つ持ちあがて、居間へと向かった。畳に胡坐をかいていた砂橋がお手玉を三つ睨みつけながら練習していた。ぶつぶつと雛子に教えてもらった歌を呟いている。
先ほど、もう一生お手玉したくないと言ったばかりではなかったか。
「ろうじん、しんだ……」
雛子が歌っても物騒だが、人を殺せそうな恨めしそうな視線でお手玉を放り投げながら呟くと、まるで呪いをかけているようで恐ろしい。
「さんど……山道、崩れて」
一度落としたがすぐになかったことにして、拾い上げて続きを歌い始める。俺と雛子は一歩離れたところに座り、オレンジジュースに口をつけた。
「春、死んだ……」
本当に物騒だ。もはや、今から殺しに行くぞと歌っているようだ。お手玉如きに熱くなりすぎではと思うが、俺にからかわれたから躍起になっているのだろう。
「父、出稼ぎ中?」
歌が曖昧にしか思い出せなかったのか、歌詞は合っているのに語尾があがり、砂橋は首を傾げながらも拙い動きでお手玉を上へ放り投げた。
「母、死んだ……」
「だんちゃんは、すなちゃんのお友達なの?」
「あ?ああ、まぁ……そんな感じだ」
雛子に質問されてとっさにそう返した。
友達といえば、きっと友達だろうが、砂橋が紹介するように助手という方がしっくりくる。助手と言われることを否定していたが、友達と言われてもしっくり来ない。ならば、どんな関係なのだと聞かれても答えることはきっとできないだろう。
「仲良し?」
「まぁ……そうなんじゃないか?」
「へぇ。じゃあ、ずっと一緒にいれるといいね!」
雛子はにこっと笑った。
「ヒナの大切な人、すぐいなくなっちゃうから」
オレンジジュースを両手で握りしめる少女に、どんな言葉をかけていいのか分からなかった。
「子供、産まれたっ」
歌が終わると同時に砂橋はお手玉を投げるのをやめて両手にお手玉を掴んで得意げな顔をした。そんな顔をしても途中でお手玉を落としていたのは見ていたぞ。
「どう?弾正より上手いと思わない?」
「よく分かんない!」
雛子に詰め寄るもあっさりと返されて砂橋は俺にお手玉を投げつけてきた。物に当たるのはよくない。




