遺産相続パニック【2】
木造の平屋の玄関は、すりガラスと木の引き戸があり、インターホンがなかった。
「田舎だよねぇ」
俺は引き戸を開けると「すいません」と中にいる人物に聞こえるように声を出した。すぐに奥から「はーい」と声が聞こえてきて、割烹着を着た女性が玄関までやってきた。
「はいはい、お待たせしました」
「依頼を受けてきた砂橋と弾正です」
ちょうど俺が依頼の手紙を持っていたので、それを女性に出すと彼女はそれを読んで、少ししてこくりと頷いた。
「朗氏様から聞いています。お待ちしておりました」
どうやら、きちんと探偵を呼ぶ話はされていたらしく、追い返されることもないと確信して俺は胸を撫でおろした。
「僕は探偵事務所の砂橋です。こっちは助手の弾正です」
俺はいつ、お前の助手になったんだ。俺の訴えるような視線には気づかずに自己紹介をする砂橋に、女性はぺこりと頭を下げた。笑うと顔のえくぼがしっかりと見える女性だった。
「私はこの家でずっと家政婦をやらせてもらってる坂口と言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、雛子さんという方はいらっしゃいますか?」
「ええ、奥にいらっしゃいます」
いったいどのような人物なのだろうか。
坂口に促されるまま俺と砂橋は靴を脱いで玄関にあがった。廊下は踏むとぎぃと思いのほか大きな音を立てた。まっすぐと伸びた廊下を進むと横にダイニングとキッチン。左に畳の居間があった。どうやら居間は間に襖があるだけで、同じく畳の仏間と繋がっているらしい。
先客がいたらしく、居間の低いテーブルの前の座っていた女性と目が合った。
「ちょっと坂口さん。その人たち、だれ?」
「こんにちは、砂橋です。もしかして、貴方が雛子さんですか?」
坂口が何かを言う前に砂橋が女性に問いかけると彼女はそれを鼻で笑った。
「私を雛子と一緒にしないでくれる?なんで来たのか知らないけど、失礼ね」
「なにせ、ここに来るのが初めてで」
砂橋は「すみませんね」と申し訳なさそうに謝った。例え、中身がなくても謝る振りだけは一丁前だ。俺には到底できそうにない。こちらを睨みつけながら、コップに入った烏龍茶を一口含んだ彼女と砂橋の間に坂口さんが入る。
「小春さん、彼らは朗氏様がお呼びになった探偵さんです」
「探偵ぃ?」
小春の目が厳しくなる。
それはそうだ。朗氏が亡くなってすぐに探偵など来たら不審に思うだろう。しかも、呼んだという当人はもうこの世にはいない。
「坂口さん、騙されてるんじゃないの?」
「いえいえ、朗氏様から彼らが来るということは聞いていたので、大丈夫ですよ」
小春は夕方に来る怪しいセールスマンを見るような視線を向けていたが、坂口のことは信用しているらしく、それ以上の追及はなかった。
「そっちのでかいのは?」
「弾正です」
「ふーん」
名乗らせておきながらその態度か、とは思ったが何も言わないでおこう。他人の言動に一喜一憂するのは砂橋の対応だけで表情筋を酷使しすぎたので現在はもう動く気がしない。
「砂橋さん、弾正さん、烏龍茶を入れますね」
「あ、ありがとうございます。そういえば、ずっと運転してて喉カラカラなんですよ~」
キッチンへと向かう坂口さんに砂橋は犬のようについていった。ぼそりと小春が何か呟くのが聞こえる。
「坂口さんも大変ね。隠し子の世話どころか、死んでも後始末を頼まれるなんて」




