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探偵のオペラ【17】


「じゃあ、史也さんが天井にある通り道から首吊り用のロープを落としてたんですね?」

「はい。そうです」


 熊岸警部の問いに史也さんがこくりと頷いた。


 舞台裏には電気がついており、暗い中スマホのライトで照らしていた先ほどとは印象が違っていた。荷物が端に寄せられているから歩く場所はあるが、寄せられた荷物がいつ決壊するかハラハラしてしまう。


「何か違和感とかはなかったですか?舞台上の新さんと匠さんの様子とか」

「二人の様子、ですか……?」


 史也は思い出すように眉を寄せたが、すぐにかぶりを振った。


「いえ、分かりませんでした。知っての通り、俺がロープを垂らした時、舞台は真っ暗だったわけですから、二人の様子がいつもとは違っても分かりませんよ。分かるのは二人のうち、どっちかがロープを掴んだ感覚ですから。ロープをどちらかが掴んだら俺はロープを手放す。あとは待機です。無事に次のシーンに行って舞台が明るくなったら舞台裏に静かに戻る。そんな流れでした」


 史也の言っていることは本当のことだろう。


 周りには熊岸警部、砂橋、俺。そして、劇団の人間は風斗と陽葵がいたが、その二人は史也の話に同意するように首を縦に振っていた。


「明るくなった後も上から少しの間二人を見ていましたが、匠の異変には気づけませんでした。はしごを使って舞台裏に降りたところで舞台が騒がしいことに気づいたくらいですからね」


 この劇団の団長である彼からすれば、今回の出来事は痛手だろう。リハーサルとはいえ、怪我人を出してしまったのだ。それにこの劇の公演は確か明日だったはずだ。役者を演じる人間が一人消えてしまって大丈夫だろうか。


「……申し訳ないです。意味のある証言にならなくて」

「大丈夫ですよ。話を聞かせていただきありがとうございます」


 熊岸警部はそういうが、実際、なんの証拠も出てきていないのだ。内心はため息をつきたいだろう。ふと砂橋が口を開く。


「意味のある証言をできる人は犯人くらいだよ」

「え」


 史也が目を丸くして砂橋の方を見た。

 俺は眉間に皺を寄せる。


 その言い方だとまるで、今日の出来事に犯人がいるみたいじゃないか。現状を見る限り、リハーサル中に起きた不幸な事故だ。それをどうして犯人がいることを示唆するのだろう。


 俺とずっと一緒に行動していたはずだから、たいした情報もないはずだ。


 ならば、ただただ面白半分でそう言っているのか。勘で言っているのか。どちらだとしても意地が悪い。


「とりあえず、落ち着いて待っててくださいよ。警察の人がどうにかしてくれるはずですから。ねぇ?熊岸警部?」


 熊岸警部は大きくため息をついた。


「史也さん、劇団の方々が荷物を置いてるのは舞台裏ですか?」

「違います。キャスト用の部屋があるのでそこに置いてますよ」

「案内してください」

「分かりました」


 史也に続いて熊岸警部が舞台にあがると、その後を当然のように砂橋がついていく。そうなれば、もう俺がすることは一つしかない。


 ちらりと砂橋がこちらを振り返って、目を細める。


 ついてくるでしょう?


 狐のような瞳に俺はため息をついて、足を踏み出すしかなかった。


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