レオン・アルクリア、仇討ちの準備を進める1
1月頭に19歳になった俺はずいぶん建物の増えたコルケ屋敷の会議室で、重臣たちを集めていた。
その中には商人領主のシリル・バールも含まれている。十分な経済的なうまみを与えれば裏切られることはないだろうという発想だ。
「この1年は飛躍の年にしたいと思っている。より一層、みんなの力を貸してもらいたい」
「西のタンヌ郡の支配も順調のようですからな。子爵の申請をしてないのが遅いぐらいです」
シリルとしては西へ西へ勢力が広がるのは商売としてありがたいはずだ。
「そうだな。通常の1郡以上の規模の土地を支配しているから、さすがに子爵を名乗れるぐらいの立場になっているとは思う。ただ、少し事情があって先延ばしにしていた」
「事情と言いますと……?」
プレイブは早い段階から俺に仕えてきた領主なので、その地位を保っている。戦場で活躍するタイプではないが、2村の領主の立場は重臣級だ。本人は会議に呼ばなくてもと思ってるかもしれないが、呼ばないなら呼ばないでないがしろにしてることになるしな。
「エレヴァントゥスからの改姓を考えている」
あまり話を知らされてなかった奴が驚いた顔をしている。
「というと、ミュー海神神殿とたもとを分かつということですかな……?」
プレイブは恐ろしいことを聞いたという顔をしていた。海神神殿と争うとでも早合点しているのだろう。
「それは間違いだ。むしろ、神官長もご存じだ。その協議も何度かしている。海神神殿とは今後も協調はするが、俺はエレヴァントゥス家の家臣ではなくなる」
「形式的に考えれば、クルトゥワ伯爵家の直臣ということになります」
ラコが補足した。
「なので、新たな主君になるクルトゥワ伯爵家のところで正式に改姓を認めてもらうのが筋だし、その時期を調整している。無論、クルトゥワ伯爵家とは今後も仲良くやっていくから、そちらも無用な心配はしないように」
「どんどん、西に海沿いに進むのですな。まだまだ勢力は広げていけますぞ!」
プレイブが勘違いしていたが、今はまだ勘違いしてもらっているほうがいいか。
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3月、俺はラコとともにゲイルー州のクルトゥワ伯爵家の居城にいた。
フィルマン・クルトゥワが、諸将が居並ぶ中、直々に俺とラコの前で読み上げる。
「では、申請のとおり、レオン・エレヴァントゥスのアルクリアへの改姓を認める」
この言葉に周囲がざわつく。「アルクリアって竜騎士家のことか……」という声もした。
こうして俺がレオン・アルクリアになった。
「このことはミュー海神神殿の神官長からも許可を得ているので、なんら問題なし。それとこのレオン・アルクリアを子爵に認定するよう王国に求めていたが、子細なしと承認された。今後はレオン・アルクリア子爵として奉公に励むように」
「精進する所存でございます」
俺は深々と頭を下げた。
なお、王国は全国統治の権力は持ってないが、伯爵や子爵を正式に決定する権限は王にしかない。子爵ならおおよそ1郡程度を実効支配していれば認定される。これが伯爵になると、一気に厳しくなって太守でも有力者だけに限られる。
それと、認定に必須のものがある。お金――献金だ。ようは王国にどれだけ金を積めるかだが、金だけでどうにかなるものでもない。濫発すれば爵位の価値が下がって、誰も認定してもらおうとしなくなるからな。
ここにいる大半の奴はこの改姓で俺の意図が読めただろう。本当に竜騎士家の生き残りと信じているかは別にして。
「ヴァーン州を攻めとる意志を見せるとは、殊勝な男だな」という声もこの場の領主から聞こえてきた。フィルマンへの追従だという皮肉も混じっているのかもしれないが、そう見えるからこそ俺は改姓の手続きをフィルマン・クルトゥワの居城でやったわけだ。
クルトゥワ伯爵家の潜在的な敵対勢力を攻撃することを意図した名前をつけたのだから、これで嫌がられるわけがない。
そして、俺はクルトゥワ伯爵家の家臣という体裁のおかげで、コルマール州の有力領主の協力を得やすい立場になった。
「ところで、ええと……ラコ・エレヴァントゥスか」
フィルマン・クルトゥワがうろ覚えの名前を呼んだ。むしろ、数州の太守が郡の中の小領主の名前を憶えていることが奇跡的だ。七割がた、ラコの美貌のせいだと思う。ここに来た時も恋文を届けてこようとしたフィルマンの臣下がいたという。
「はい、いったい何でありましょう?」
「そなたもエレヴァントゥスの姓を名乗っているが、同じようにアルクリアには改姓しないということでよかったのか? お前もアルクリアの関係者ではないのか?」
それは俺も気にはなっていたことだ。フィルマンも政治に漬かりきった人生だからこういうことはちゃんと気づくらしい。
「ええ、エレヴァントゥス家の利益から大きくかけ離れたことを新しい子爵が行おうとした場合、私が止めに入ります。それに私はアルクリア家の直系ではありませんので、エレヴァントゥスの家名のほうがはるかに価値があります」
本当かよと思ったが、本人が主張してる以上、誰も違うとは言えないし、言う意味もない。
俺は19歳にしてレオン・アルクリアの名に戻った。
長かったのか短かったのかよくわからない。ただ間違いないのは、これでやっと始めることができるってことだ。
いよいよヴァーン州に攻め込む手筈は整った。
ヴァーン州太守のガストス・ベルトラン、お前を滅ぼす。
そのための準備はまだまだ必要だけど、必ずお前を倒す。
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その日、宿泊用に提供された居室でラコに褒められた。
「ここまでよく頑張りましたね。一族の土地も奪われたところからよく盛り返しました」
19歳にもなって頭を撫でられるのは落ち着かないが、ラコのほうはまだこっちを若造と思ってるんだろう。だったらしょうがない。
「でも、ガストス・ベルトランを倒すにはまだ手が足りてないだろ。向こうは正式な太守だ。竜騎士家を滅ぼしたことも罪ってことにはなってない」
力は蓄えてきた。
でも、根拠がない。
「仇討ち以外に俺たちが正義だって言い張る根拠がもう一つほしい。別に俺の家臣はアルクリア竜騎士家の遺臣だけで成り立ってないし、ほかの領主も仇討ちだけじゃ協力する理由がない」
仇討ちという大義は、あくまでもアルクリア竜騎士家の関係者だけにしか通用しない。
「だいたい、仇討ちだからといって太守家を滅ぼすようなことは許されてないしな。クルトゥワ伯爵家の名代で参戦ってことなら太守と太守の戦いだから成立するけど、それだと仇討ちの部分は関係なくなるし……」
「そこまで考えているなら上出来です。一応、選択肢はあります。少し長い旅になりますが、このウォーインまで来たんだったらあとは海を渡るだけです」
海を渡る?
「この海の先、ヨーン州にカギになる人物がいます」




