コルケ屋敷籠城戦2
「領主連合の皆様、このたびはご足労ありがとうございます。私はワキン家の正統な後継者、フィリ・ワキンです」
よく通る声が俺たちの櫓にまで響いてきた。
ほとんど日に焼けてない、きれいな黄金色の髪が見える。
「領主連合のほうに魔導士のような風体の男がいますね。音声拡大の魔法を使用しているようです。全軍に何か伝える意義があるとか、講和内容を伝えるとか、大規模な会戦ではあることです」
ラコは見極めるように状況を注視している。
「講和しますって話ならいいんだけどな」
「だとしたら、私たちの軍の代表のナディアさんでなければおかしいです」
おっしゃるとおりだ。
領主連合側もワキン家の後継者を放っておくわけにはいかないと判断したのか、いかにも領主といった出で立ちの連中が数人現れる。中には一度だけ茶会で同席したことのある奴もいた。でも大半は知らない顔だから、やはり郡の海側の連中との付き合いが俺たちは希薄だ。
「領主連合を代表して、ラフィー・ギョーヴが応対しよう」
白髪の多い、敵側の長老みたいな男が出てきた。
「ワキン家を再興しようとしう皆様のお気持ち、本家の生き残りとしてたいへんうれしく思います。叔父の不実により殺された家族たちも草葉の陰で喜んでいることでしょう」
齢わずか13歳。まだ小娘という年齢なのにフィリは堂々と当主の立場でものを述べている。見た目も没落した一族とは思えない高そうな毛織物姿だ。
「まずいですね。あれで、レオン・エレヴァントゥスを滅ぼす力を貸してほしいなどと言われると危機的です」
「そこは我慢するしかないな。俺たちがワキン家を乗っ取ったことも理解してるだろ。まっ、それはそれで受け入れるさ」
「えっ? 受け入れる?」
ラコがよくわからないという顔をした。
「だって、俺たちは家を滅ぼすことに加担した奴とも言えるんだぞ。俺やナディアが竜騎士家を滅ぼしたガストス・ベルトランを滅ぼそうと思ってる以上、同じことをされて文句は言えない」
「諦めて討たれるとか言わないでくださいよ」
「諦めはしないさ。全力で抵抗する。でも、一族を滅ぼした賊って言われたら否定はできないだろ」
その程度に腹は据わっている。
その時、櫓に兵士が上ってきた。
まさか反乱か?
俺たちの首を手土産に降伏するつもりならこっちも徹底して抗戦するぞ。体がなまってるし、ちょうどいい。
剣に手をかけたが、「矢文が届きました!」という兵士の声で早とちりだとすぐ気づいた。俺は小さく折りたたまれた文を受け取った。
ナディアからの矢文だ。まだ連絡網は遮断されていない。
「早く読んでください。エレオノーラさんがもうすぐ来るという内容ならいいのですが」
「焦るな、すぐ読む。自分の命がかかってるからな。ええと……『ワキン家のほうとの交渉は成功した。とにかく、事が運ぶとおりに動いてくれ。首を縦に振り続ければ打開できるはず』、本当かな……?」
ナディアの文字はあわてて書いたからかやけに乱れていたが、その分、迫真性のようなものも感じた。
「よ、よくわかりませんが、目の前のフィリさんの会談を聞きましょう」
まだラコは何も安心していない。フィリが俺たちを滅ぼしてくれと言うかもと思っているのだろう。
ナディアいわくワキン家とも話はついたようだが、たしかに二枚舌で場を乗り切るなんて領主からしたらありふれたことだ。嫌いな奴に「お前は嫌いだから滅ぼす」なんて言って回ったら、そいつは正直者だけど、生き残れない。
白髪の領主が自分たちがワキン家を守るといったことを話している。
「我々領主連合はワキン家のために努力すると誓おう。たとえ、ゼナ・ワキンを討ったレオン・エレヴァントゥスに大義があったとしても所領を併合することは認めぬ。ワキン家にお返しするよう申し上げるつもりだ」
「お気持ち、痛み入ります。ただ、ワキン家の生き残りの多くは何代も前に分かれたような、とうてい本家を継承する家格とは思えない者たちばかり。このような者たちに家を継がせたところで早晩消え去って、かえって恥を上塗りするだけでしょう」
やはりフィリ・ワキンはとうとうと話す。台本などがあるとは思えないし、なかなかの力量だ。
後ろの領主連合の者たちも感心しているようだった。
「そこで――」
ひときわ大きくフィリ・ワキンの声が聞こえた。実際に彼女が声を張り上げ、音声拡大の魔法がそれを後押ししたらしい。
「――私、フィリ・ワキンは本家唯一の生き残りとして、レオン・エレヴァントゥス様に嫁ぐことにいたします」
「えっ?」
俺とラコの声が重なった。
「レオン・エレヴァントゥス様とはもともと領地を接していて本家とも交流がありましたし、言うまでもなく怨敵のゼナ・ワキンを滅ぼした方でもあります。彼の責務にワキン家の者の庇護も含まれるわけですから、筋は通った話でしょう」
「いや……それならば、あなたがもっと長じてからほかの家から婿でもとってワキン家の当主とされればよいでしょう……」
白髪の領主の言う意見もおかしくはない。さすがに小娘が家を守り続けろとは言わないはずだ。
「その婿が弱ければ結局土地を奪われるわけでしょう。それならば――」
フィリ・ワキンの指が俺のほうを向いたように見えた。いや、たしかに櫓台のほうに顔も指も向けている。
「レオン・エレヴァントゥス様に嫁ぐほうがよほど民を守ることにつながりますから」
「そ、その話はレオン・エレヴァントゥスから持ちかけられたのですかな?」
「いえ、私の提案です。もし、あの方が拒否すればその時はその時でワキン家再興の挙兵でもしようと思いますから力をお貸しください。逆に言えば――今のワキン家の問題は家長の私がこう言っているのだから、すべて解決いたしました。お帰りください。皆さんがワキン家が残っていると考えるなら、ここはワキン家の土地ですので」
お帰りください、とはっきりとフィリは言い切った。
たしかにワキン家の当主がこの問題に介入不要と多くの領主の面前で言い放ってしまった手前、これ以上出兵する大義名分は消えてしまった。密談ならいくらでも握りつぶせるかもしれないが、証人が多すぎる。
「わ、わかりました……」
白髪の領主は同意するとゆっくりと下がって言った。ほかの領主がすぐに寄っていくが、なんとなく堀の中の俺たちに向けられた敵意は薄くなっている気がする。
やがて敵兵の一部が少し困惑しながらも後退していくのが見えた。
「ナディアの矢文に書いてることの意味がわかった」
「助かりましたね……。しかし、こんな話はまったく聞いていませんでしたし、どちらかというとフィリさんはレオンのことも信用してないように思っていたのですが……」
「きっとナディアが手を打ってくれたんだよ。すべてはナディアのおかげだ。こっちで交渉できる立場の奴なんてほかにいないし」
こうして俺は家臣というか、一門の将のおかげで絶対の危機を乗り切った。
ただ、ラコだけはまずいなという顔をしていた。
「レオンは将来的にもっと身分の高い領主の娘と結婚してもらうつもりだったんですがね」
俺の人生にかかわることだったら、構想段階でも話しておいてくれ。




