ワキン家弔い合戦3
俺はまたエレヴァントゥス家の本家、ミュー海神神殿へと向かった。向かうというか、出頭するという感覚のほうが近い。
今回は応接室ではなく、会議室に通された。一門の人間が多く座れる長いテーブルも空席だらけだ。ナディアには留守番してもらっている。俺とラコはエレヴァントゥス家の人間なので、本家へ伝える義務がある。
「はぁ……。あなたたちは本当にじっとしていられませんねえ」
エレオノーラさんは厄介ごとが増えたという顔をしていた。気持ちはわかる。
「私は粛々とミュー海神に仕える神官長として暮らしたいんですが、そうも言っておられないようですね。クルトゥワ伯爵家には弁明の使者をすでに送りました」
「ありがとうございます。それとキンティーという土地がほしい旨もぜひ」
キンティー村はノイク郡の中心部に近い、かつての海神神殿の荘園跡だ。ここを確保できると俺はかなり有利になる。
「はいはい。あと、同じ郡の領主にはあなたたちのほうから弁明しなさいね。多分警戒されますよ。あのへんの方々は変化を嫌がりますからね。お茶会にも呼ばれなくなるんじゃないですか」
エレオノーラさんはそのあたりの感覚は鋭い。どうでもいいプライドをさんざん見る機会があったのだろう。
ラコは何も言わずにエレオノーラさんの言葉を聞いている。聞きはしているが、受け入れたり従うかは別ということかもしれない。
ワキン家に攻め込む手筈も基本的にラコが考えていた。今後ももっと北に攻め込んでいく意図なのは間違いない。
「ところで、レオンさんは今、16歳でしたかしら」
「はい、そうです。やっぱり若造が多くの領地を持ってると印象が悪いですか?」
「そろそろ、結婚も考えないといけませんね」
考えてもいなかった方向の話だった。
「急に呑気な話になりましたね……」
「呑気でもなんでもないですよ。あなたの影響力が及ぶ範囲を考えれば、少なくとも弱小領主の格ではありません。どこの領主の娘と婚約するかで今後の政策も変わってきますよ」
「まったくです」
ラコが深くうなずいた。
「その点がレオンはいいかげんなのです。しょうがないですけどね。女性に興味を持つ時期に修道院にいたので」
そういう問題じゃねえよと言いたかったが、話を広げたくもないのであまり触れずにいた。
横にラコがいる状態で、結婚の話題とか出しづらいだろ。軍師が女子の姿でいたら、色恋の話を振るのはためらう。
それと……これまでの支配領域は範囲が狭いので、色恋の話があまりにも広まりやすい。村娘とスキャンダルがあったりしたら、ラコは許さんだろう。だったら行儀よくするしかない。
「まあ、ノイク郡の北の少しは有力な領主の娘か、少し離れた場所の1郡規模の領主の娘か……といったところでしょう」
その話、俺は直接聞いてないんだけどな。俺に関することなんだから聞かせろよ。
あるいは、こいつは軍師というか親世代のつもりなのか。だったら当人に知らせずに縁談を進めることもあるのか。
エレオノーラさんは俺たちが提出した資料をぱらぱらめくっている。ワキン家の所領だった村が入ったので、それに関する記録だ。ワキン家の土地台帳自体はお家騒動の中でかなり焼けているようで、あまり使えるものがない。村民が消えたわけではないので、今後聞き取りで対処することになると思う。
「ワキン家の人間も傍系は多少は生き残っていますよね。どう処遇するんですか?」
「俺の家臣という扱いで納得させます。さすがにワキン家の人間に支配を任せるというのは向こうにとって話がうますぎますから」
恨まれてるかもなと思うが、こればっかりは仕方ない。俺たちは相手の土地を奪ってる側だからな。
修道院で聖職者見習いをしていた時はそこまで気が回ってなかったが、自分の恨みを晴らすためには、多くの人間に恨まれて、大領主にならないといけない。そこがスタートラインだ。いきなり神様が降臨されて、一州や二州を拝領するなんてことはないのだ。
この矛盾を解消する方法は今のところ思いついてない。
カーマ家の一族も多くが死んでいるが、一部の者は俺に仕えている。恨まれていてもおかしくはないよな……。
「まあ、海神神殿に害が出ないなら好きなようにやってくださってけっこうです」
エレオノーラさんが言った。
ラコが何も答えなかったので、「そこは守ります」と俺が代わりに言った。
ラコは何でも利用し尽くそうとするところがあるから極端にならないように俺が注意しないと……。
「では、今日は居室で休みます。戦後処理をもう少し詰めたいので」
ラコがさばさばとした顔で言った。
廊下で戦後処理って何かと聞いたら、ごもっともなことを言われた。
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サーファ村に戻った俺とラコは早速、兵士を領主屋敷の前に集めた。別に野外であることにこだわっているのではなくて、多くの兵を一箇所に集める場所がないのだ。
「まず、前回の戦いの論功行賞を行う。ナディア・パストゥール」
「はい!」とナディアが元気よく答えた。
「サーファ村をお前の所領として与える。扱いはエレヴァントゥス家本家の臣下じゃなくて、俺の臣下という扱いだが、よこは納得してくれ」
ナディアの顔から表情が消えた。もしかしてエレヴァントゥス家の本家から領主と任命されるべきだと思ってたか? 俺と立場では同格になれないことに納得いかない気持ちでもある?
「つ、ついに中途半端な兵卒の身分ではなく、村の規模を領することができる立場になりましたわ……本当にうれしいことですわ……」
うれし泣き! そこまでか……。
「ですが、サーファ村の統治をわたくしがするとなると、増えた所領の管理が少し面倒ですわね。誰かが目を光らせるべきとは思うのですが」
たしかに、俺たちの拠点側(本来は拠点でも何でもないが、新規で増えた土地よりはサーファ村のほうがなじみがある)にばかり意識がいっている。
「それは問題ない。俺は拠点を移す」




