一族の墓参り2
サーファ村から清苑修道院へのルートは理論上は二つある。あくまでも理論上はだ。
一つは村から南に向かって山中をひたすら突き進むルートだ。
さすがに山中でも道ぐらいは通じているはずなので行けないことはない。早朝に出発すれば日暮れの直前に滑り込むこともできるかもしれない。
だが、野犬やらが出てくるかもしれないし山賊みたいなのが手ぐすね引いて待っているかもしれない。一番最悪なのはヴァーン州の太守の手の者に怪しい奴だと捕らえられることだ。山を南北に抜けるというのは実際怪しい。
問題が多すぎて、これは使えない。
もう一つは村から東に移動して南北の街道に出て大きく南下してから、ヴァーン州へ入る街道を通るルート。時計回りにぐるっと進むと考えてくれればいい。
これだとどこかで一泊は必須で片道二日かかるが、危険はほぼない。一刻を争うことではないので、もちろんこっちのルートにした。俺とラコ、それとナディアの三人で向かった。ナディアは別に人質の意味ではない。
ミュハン修道院長は本当に何も変わっていなかった。もともと年齢不詳なところがあるけど、今日も俺たちを見て癖で自分のハゲ頭を手でこすってきゅっきゅと鳴らしていた。
「おお、ご立派になられましたねえ。本当に本当に見違えるようですよう」
「今はレオン・エレヴァントゥスですね。アルクリアの苗字は使えませんが、領主にはなれました。本当にありがとうございました」
俺が修道院長と話している最中、ラコは修道院のほかの面子に囲まれて、「ラコちゃん、領主おめでとう」とか「領主になってもかわいいよ」とか言われていた。まさにラコはみんなの偶像だなと思った。
たった数か月で冒険者から領主になるなんてすごいよ――なんて声がいくつか聞こえてきたけど、それは俺の功績でもあるので、俺のほうも褒めてほしい。
ただ、いくつかの視線がナディアのほうにも注がれていた。まさに貴族のお嬢様という見た目だし、男だらけの修道院で暮らしていたら気になるよな。
「それで、こちらは――」
俺は少しだけ声を潜めた。
「竜騎士家の血を継いでいる女性です」
事前に伝えておこうとして、もし手紙を紛失したりすればリスクになるので、修道院長にも連絡していない。
ナディアは自分の出自をさらさらと説明した。
おそらく修道院長の頭には家系図がぱっと浮かんだだろう。
「あなたがここにいらっしゃった理由もわかりました。さあ、こちらへ」
あんまり目立つとよくないし、ラコには修道院の人間の注目を集めておいてもらおう。
俺とナディアは墓地に移動した。
そこに新たに作られた竜騎士家と家臣団の墓地が並んでいる。
ナディアは墓石の名前を確認していって、途中でひざまずいていた。
俺も父様と母様の名前の前で動けなくなってしまった。
「家臣の方の名前も調べて、できる限り石に刻みましたが、あまり熱心に調査に動くわけにもいかなかったので、漏れもあるかと思います。遺漏があったら教えてくださいねえ」
修道院長は静かに立ち尽くしている。今更余計な言葉を並べる意味はない。やっぱり修道院長はよくわかっている。
「絶対に……絶対に、仇敵であるガストス・ベルトランの首をここに置いていくので待っていてくださいね……」
俺よりはるかに強固にナディアは復讐を誓っている。
俺もその気持ちはあるが、墓を前にすれば怒りよりも悲しみのほうが先に来て、首をここに持ってきたいといった感情にはなれない。
なので、俺はこう言った。
「一族のみんな、俺がアルクリア竜騎士家を再び繁栄させます。必ず、必ず」
それが「竜の眼」を受け継いだ俺の使命だと思うから。
しばらくすると、ラコも墓地にやってきた。
「長い間見守ってきましたが、こんなことになるのは、やっぱり寂しいですね」
ラコは墓石を一つずつ順番に撫でていった。
おそらく厳重に保管されていた「竜の眼」は竜騎士家のことは見えていても助けてやることはできなかったのだろう。後悔の念は確実にラコにもあるのだと知った。
「ラコさん、この墓碑に名前のあるすべての方に面識があるんですの?」
ナディアもラコの正体は聞いている。
「すべてではありません。わたくしは竜騎士家から離れた人のことはわかりませんから。でも、つながりはそれなりにあります。ナディアさんのお母さんのことも存じ上げていますよ」
「そうなんですの」
「ミュハンさんは今、何歳でしたか?」
ラコが変な質問をした。
「62歳ですが、それがどうかしましたかね」
「5年は生きてください。そしたら、レオンの勇姿を見せてあげることができると思います。どうしても5年はかかると思いますから」
そうラコは真剣な顔で言った。
「実力だけならもっと早くても十分ですが、信頼を勝ち得るにはそれなりの時間が必要ですので。若造に従うというのは人間はなかなか承服しがたいようです。5年あればいけます。その頃にはレオンに子供も生まれてるんじゃないですかね」
変なことを言われたのでむせた。
たしかに領主が20歳で子供がいてもそんなにおかしくはないが、いったい誰の子なんだよ。ラコというのはいろいろありえないとして、視線をずらしたらナディアがいたので、また顔をそらした。ナディアも恥ずかしいと思ったのか、顔を横に向けた。
普通に考えれば、どこかの領主の娘だろうな。その時に俺がどういう規模の領主になってるか次第だけど。
「ここに来るまで、ヴァーン州の話も道中で聞きましたが、太守に従いたくない領主が増えているように思いました。これは数年後には面白いことになりそうです。いずれ弱小の領主ではやっていけない時代が――むぎゅっ!」
俺は後ろからラコの口をふさいだ。
「お前、興奮していろいろしゃべりすぎだ! ちょっとは落ち着け! そうっと誰か聞いてたらどうするんだよ!」
「あっ……ああ、すみません。熱くなっていました」
なんでメッセージウィンドウが熱くなるんだよと思うが、これがラコの特徴だよな。
俺は修道院長にエレオノーラさんからの手紙を渡して、無事に使いの役目は果たした。




