インターミッション ゲイルー州など4州の太守フィルマン・クルトゥワの挿話
今回、インターミッションで、今までのレオンの一人称ではなく、三人称になります。
温暖な南風が吹き込むゲイルー州の都市ウォーイン、そこにクルトゥワ伯爵家の居城があった。
城は平坦地にあるものの、周囲を三周の水堀で固めており、遠目にはさながら池の中に城が浮かんでいるように見えた。
その城の中でフィルマン・クルトゥワはつまらなそうに政務をとっている。
本来、彼は温厚な性格であった。
だが、情勢が笑わせるのを許さないのだ。
(敵の領主に痛い目に遭わされるならともかく、まさか弟にやられるとはな……)
彼は形式上は実に四州の太守に王国から任命されている。それが言葉の通りの意味を持つなら、群雄割拠の時代とはいえ、王国の中でほとんど並ぶ者のいない権力者である。
だが、コルマール州、ルメ-ル州の二州は本拠のゲイルー州から遠く離れており、太守の彼本人ですらとても支配できているとは思っていない。力が明確に及んでいるのはゲイルー州とソマ州の二州だけだ。
なので、そのソマ州の権益を確実なものにするため、その地の大領主の地位も兼ねている大司教の座に実弟を送り込んだのだが――
あろうことか、その弟が彼に反抗して、ソマ州からクルトゥワ家は出ていけと挙兵を始めた。
弟が反対勢力に暗殺されるならまだ納得もいった。むしろそれを理由に堂々と軍事侵攻もできた。だが、弟みずからが反乱の指導者になるとは考えもしなかった。
あるいは弟の命すら道具として扱って、大司教に据えたことを弟本人に見抜かれたのだろうか。
今のソマ州南部はクルトゥワ家出身の大司教を中心に結束して、打倒クルトゥワ家に邁進するという屈折した状態になっていた。それの対処に遠く離れた場所からフィルマンも当たらないといけなくなっており、督戦のためにソマ州に向かうことも増えていた。
無論、ほかにも問題は無数にある。所領に関する訴えは形式上の太守にすぎない州からもいくらでもやってくる。進んで没落したい人間などいないのでみんな必死で、使えるものは何でも使おうとするのだ。
どうせ解決できるわけもない訴状の確認が終わったあと、フィルマンの謁見の間に使者が通された。
「ミュー海神神殿の使者、小神官のマフスと申します」
ミュー海神神殿というと、北方の領主かとフィルマンは思った。その時点で海神神殿が土地の訴えを起こしていたことすら彼は忘れていた。
「押領されていた土地ですが、一門のエレヴァントゥス家の者が無事に奪還いたしました。これもクルトゥワ家が我々の大義を示してくださったおかげでございます。そのため、このたび、御礼に上がりました次第です」
「そうか、そうか。それはよかった」とフィルマンは笑顔で言った。
何もしなかったことへの当てつけかなどとは絶対に言わない。言う意味がないからだ。タダで自分の権威が遠方にまで及んでいると宣伝してくれる相手を邪険に扱う必要はない。
「それと……賊は排除できましたものの、周囲の領主の領地に賊が逃げ込んでいるかもしれませんし、しばらくは周辺の領主との争いになることもあるやもしれませぬが、どうかご理解いただきたく……。伯爵への忠義に一点の曇りもございません」
「わかった、わかった。海神神殿の神官長の……ええと、エレヴァントゥス家か、エレヴァントゥス家の心はよく伝わった。そもそもコルマール州の北部一帯は海神神殿の信仰圏だろう。その支配下の土地が少し増えてもおかしくはない。むしろ、最盛期よりずいぶん減っているはずだから多少は取り戻さんとな」
「ありがたきお言葉です。その言葉、ぜひとも我が君主エレオノーラ・エレヴァントゥスに書面でお伝えいただけないでしょうか? 太守の家臣の方のお名前でもけっこうですので」
「うむ。右筆に書かせて余がサインをしよう。それでよいかな」
その使者は平身低頭して退出した。賊を倒したとはいっても完全な解決には程遠く、むしろ周囲のほかの領主とのトラブルも誘発しそうになっているのだろう。誰の者でもない土地などないから、そういうことは珍しくない。
そもそもコルマール州もその南のルメール州も小領主が多すぎてわかりづらい。多少は整理されてもいいぐらいだ。そして、どうせ存続するなら信仰のよりどころでもある海神神殿のほうが都合がいい。昔からの神殿が滅んだとあっては太守の名前にも傷がつくからだ。
敵の領主でも同じ国内なら神殿に火をつけるとは思えないが、今の時代、何が起きるかわかったものではない。
家臣も含めて、コルマール州のことなど誰も気にしていなかった。
そして、「賊の排除のために全力を尽くせ」という、太守フィルマン・クルトゥワからミュー海神神殿への書状は問題なく発給された。




