巨体の領主2
「えっ? 攻めろって言われても……いつ攻めればいいんだよ……」
相手のドニはこれまで見た人間の中で最強のステータスを持っている。運動が91だぞ。
「猪突猛進すればいいってものではありませんが、基本的にレオンは前に出て戦うタイプのはずです。これまでの道場破りもそうだったはずです! 相手に圧力をかけなさい!」
たしかにそうかもな。
身体能力で敵のほうが上である以上、じっくり戦うメリットなんてない。守りに入ればいいってもんじゃない。
「くそぉぉぉっ!」
俺は棍棒のほうに突っ込んでいく。
「無駄だな! そんな細い木でどうするってんだ?」
もちろんドニの棍棒であっさり攻撃は受けられる。別に俺の木剣が細いわけじゃないが、棍棒から見たらおもちゃだな。
でも、前に出るしかない。そのほうがまだ勝利の確率は上がる。粘ると援軍が駆けつけるなんてことはないのだ。
攻撃を防がれても、またすぐに地面を蹴って突っ込む。
「うおりゃああぁぁぁっ!」
「無駄だって言ってるだろうが!」
たしかに状況の打開には程遠いし、こっちも疲れる。
だが――
ドニの攻撃の手が止まっている気がした。
棍棒がうなることはあっても、確実に手数が減っている。
理由は簡単だ。俺が攻勢に出ている時にドニは守ることを選んでいるからだ。
両者が防御を無視して突っ込めば自分のリスクも上がってしまう。自分の攻撃だけを当てられる自信がなければ普通はひとまず待って敵の隙を突くのが正解になる。
ならばm敵が一方的に攻めかってくるとなると、自然と待ち続ける形なりやすい。
もしかして、これって――攻撃は最大の防御ってやつか?
だったら、このまま続けるしかない!
最低でも、ドニの棍棒をかわし続けるよりはマシだ。
体力が続く限り、攻めて打開策を見つけて、こじ開ける!
「うおりゃああっ!」
飛び込んで攻撃、着地したらすぐにまた飛び込む。敵の体格じゃ、足払いなんてこともできないから、大きくバランスを崩さなければ大丈夫だ。
「こいつ……どことなく竜騎士家のハヤブサ的な攻め方かと思ったけど、違うな……。クマみたいな獰猛な戦い方じゃねえか……」
「竜騎士家と戦ったことがあるんですか?」
「昔にマディスンがこっちの州に手合わせに来たことがあったからな。お前、竜騎士家の領地の出身か?」
戦闘中だから、別に答えなくていいよな。
これまでの竜騎士家の流儀だけじゃどのみち途中で失速する。何もないところから成りあがるだけの力がいる。攻め込む気概がいる。
また突っ込む。棍棒が俺の前をふさぐ。
「だから、何度やっても無駄だっ!」
いいや、無駄じゃない。そう信じて突っ込む。
俺の剣だって、普通の剣士の力じゃないはずだからな。そのへんの剣士の力でないから、少しは効くことだってある!
わずかにドニの棍棒を左にいなせた。棍棒の正面で受け損なったな。
好機がないならこっちから作る。
一度着地したら、足をバネにして、即座に剣を前に突きだす。
「一点貫通っ!」
狙うはドニの左肩っ!
大丈夫だ、これは確実に届く!
ドニの肩に直撃した木剣が――
次の瞬間、何筋にも裂けた。
えっ! 木の剣ってこんなことになるの?
観衆からどよめきが起こる。これまでにないことが起きた証拠だ。
棍棒に何度もぶつかったせいで、繊維がほぐれてきていたらしい。それが普段と違う方向に力がかかったせいで一気に壊れた。
これって、どうなるんだろ……? 武器が消滅した場合も一撃を与えたことにカウントされるのか……?
これで勝負は終わってないぞと棍棒で殴りかかられたらシャレにならないよな……。もともと棍棒を木製の剣で防ぐのは無理だから回避してたけど、棍棒直撃のリスクは大きくなった。
でも、そこまで無理無体なことを言われずには済んだ。
「俺の負けだ、負け。一撃喰らったからな。いやあ、いてえ、いてえ……」
肩を押さえながらドニが言った。
よかった、どうにか勝った……。
●
そのあと、俺とラコはドニ・オトルナの屋敷に客人として通された。
内部は竜騎士家の本家の屋敷によく似ている。やっぱり領主の規模が近いと構造も似てくるらしい。
竜騎士家が滅んで以降、一番豪華なもてなしを受けたと思う。出てきたお菓子も砂糖たっぷりのクッキーでむちゃくちゃうまかった。修道院だと過度な美食は厳禁だったし、本当に久々の高級菓子という印象だ。
しばらくドニは勝った俺を讃えてくれていたが、そのあと、人払いをした。そして、こう質問してきた。
「レオン、お前、竜騎士家の関係者だな? ていうか、割と本家に近い立場の一門だろ」
ここで隠しても仕方ないよな。
「はい。分家の一つですけどね。本名はレオン・アルクリアです」
「戦闘中に竜騎士家の名前に反応したくせに、道場破りの時には竜騎士家のネームバリューを使ってないってことは、名前を使うのがちょっと危ないような立場にいたってことだ。下っ端の家臣とか、箔をつけるためのガセなら好き放題に滅んだ名門の名前は使うからな」
ドニの推理は正解だ。
「私はレオンの従姉です。母方の従姉なので、竜騎士家滅亡の累は及びませんでした」とラコが言った。事実ではないが、これが俺たちの公式見解だ。
「そっか、そっか。そいでよ、ぶっちゃけた話、家は再興したいか?」
この男、本当にぶっちゃけてくるな。だから、人払いしたのかもしれないが。
『念のため黙っておいてください。密告されたら詰みます』
緊急なのでメッセージウィンドウで注意が来た。そりゃ、そうだ。
「心配するな。お前らを売るつもりなら、もうやってる。つっても、本家の生存者でもない奴を見つけたところで礼状がもらえる程度だから、この州の領主はみんな野放しにするだろうけどな。残党に恨みを買うだけ損だ。残党に襲われても、ヴァーン州の太守は守っちゃくれねえだろ」
それはそうだな。屈辱的だけど、事実なんだよなあ……。
俺は当主のカティス(じい様と呼ばれてる隠居がいてややこしいが、カティスが俺の祖父)の五男のナタンの次男だ。それがどういうことかというと、庶子家のさらに庶子。滅ぼす側からしても、スープの中の豆の一粒ぐらいの価値しかない。
「これに関しては年長者の私が答えましょう」とラコが言った。
「おっ、従姉のほうか。もちろん、お前の意見でもいいぜ」
「お家再興をしたいと答えたら、ドニ・オトルナ子爵は兵を貸してくださるのですか?」
挑むような態度でラコが尋ねた。
「質問に質問で返すか。慎重にいこうという発想は評価するぜ」
ドニはにやにや笑っている。多分30代だと思うのだが、同世代の人間としゃべってるような感じがある。そういえば観衆になってた家臣たちも、ドニに仕えているというよりはこの男を不良のボスみたいに見ている印象があった。
「今のお前たちには兵は貸さねえ。ヴァーン州の太守のベルトラン家はたいした力はねえが、それでも最低2000は兵がいなきゃ挑戦もできねえ。俺が外に出せる兵はせいぜい400が限界だ。お前ら、どうも従者の一人もいねえみたいだし」
「おっしゃるとおりです。今の私たちには何もできません。なので、この質問はレオンがせめて一介の領主になったあとにしていただけますか?」
悪くない切り返し方だ。結局お家再興のことはうやむやになった。
それと、従者が一人もいないのは本当にそうなんだよな。従者に日常の世話をしてもらう生活はしてなかったから、今のところ苦はないんだけど。
「まるで、領主になる気はあるみたいな答えだな」
「ご想像にお任せいたします」
にやっとラコは笑った。
「まあ、俺たちの出自は内密にしてもらえると助かります。今のところ、ヴァーン州にトラブルを起こすつもりもありませんし。太守のベルトラン家も俺が修道院にいたことぐらいは関知してたでしょう。なので、向こうもどうでもいいと考えてると解釈しています」
都合がいい解釈かもしれないが、なんとしても俺を殺すって意思はなかったはずだ。
「では、俺たちは商都ハクラを目指します。名前も十分に広まった気がしますし」
「でも、お前、剣は俺との手合わせで消滅しただろ。どうするんだ?」
「あっ……」
戦闘で壊れてた……。




