道場破りの旅3
結局、ラコのセコい作戦が実行された。マイエン家に宿泊した。
たしかにコルマール州の情報収集もできたし、ちょうどよかったかもしれない。
「マイエンさん、私たちはコルマール州のハクラまで行くつもりなんですが、コルマール州の情勢はどんな感じですか?」
マイエン家でラコがマイエンさんに聞いた。生意気な俺が聞くより、ラコが尋ねるほうがこういうのはいい。
「コルマール州の太守はかつてはオージエ家だったが、ここは遠方の本拠でお家騒動があった末に滅亡していてな、現在、書類上支配しているのはこれまた遠方に本拠があるクルトゥワ家ということになっている。これぐらいは知っているよな?」
まあ、知っている。じゃあなんでこんな質問をしたかといえば、書類上のことではなくて、地元での実態を知りたいからだ。
「ただ、商都ハクラをクルトゥワ家が実効支配しているなんて話は聞こえてきていません。そんなことができれば交易で莫大な富が入るはずですが」
「そうだ。州の有力領主は一応、クルトゥワ家の支配を受け入れている顔をしている。ただ、顔をしているだけだ。クルトゥワ家の本拠はずっと離れた州だから、直接的な支配なんてできやしない。ハクラの扱いも似たようなもので、クルトゥワの関係者もいるだろうが、ほかの領主やら大商人やらの権益がぐちゃぐちゃになっている。だからトラブル解決のために冒険者が雇われることも多い」
これはいいことを聞いたぞ。
冒険者が活躍できるチャンスがありそうだし、そこで実力を見せつけることができればうちで仕官しないかという声もかかるかもしれない。
「あとは、ハクラみたいに金が集まる場所は悪人も多いから気をつけることだな。剣が強いだけでは身を守れないような危険に遭うこともある。負けた奴の言葉は信用できないかもしれないが、できるだけ注意しておけ」
「いえ、わかります」と俺は答えた。
人間が何をしでかすかわからないことを俺はよく知ってるからな。
●
俺たちはコルマール州の道場のある町をしらみつぶしに回っていった。
目的は完全に道場破りだ。すごい若造がいるということを知らしめる必要がある。商都ハクラへの到着がそれで遅くなっても問題ない。ハクラに着いた頃に名前が広まっていると、仕事につながりやすい。
大領主になるためにも、まずは武人として名を広めないといけない。
謎の人間だから仕官させてくれと言って通るわけがないからな。
道場破りのミッションは順調に進んだ。今のところ、5箇所連続で道場主に勝利している。
ただ、すべての道場に余裕で勝ったわけではない。
3箇所目のところはかなり苦戦した。40代の道場主の運動の数値が67だった。俺のほうが数字としてはまだ上だが(その時点で俺の運動の数字は74になってた)、67でも道場をやってるのがもったいない次元の数値だ。
「余計なお世話かもしれませんが、どこかの領主に仕えればよくないですか? 一旗揚げられる実力ですよ」
戦闘中に俺は言った。敵の剣を受けながら軽口を叩くぐらいの余裕はある。
「俺は嫡男から年の離れた五男でね。俺が嫡男と同じところで仕官してるとトラブルの種になるんだよ。実際、領主様から別家を立てて仕えないかと提案もされた。だが、そんなの本家は面白くないだろう?」
そうだよな、一族が結束してるとは限らない。むしろ血が近いからこそ権益を巡って争う。
「強くなっても毒殺されたら終わりだ。だから、俺は争いから降りて道場やってるってわけだ。ここには俺に嫉妬する奴もいないからな」
人生いろいろだなと思った。
最後は俺が一気にしゃがみながら斜め上に切り上げる戦法が成功して、俺が勝った。
「きっと俺が戦った中で最強のクソガキだな」
「もう15歳ですよ」
「だったら俺からしたらまだまだクソガキだよ」
その道場主とは笑って握手した。
近い数字の奴とは激戦になると理解できたのでいい収穫だ。
●
「次はわざと逆方向に進みます。エシロル郡まで南下しましょう」
その日の宿(また、倒した道場主に一日泊めさせてもらっているので厳密には宿じゃないけど)で、ラコが言った。エシロル郡というとコルマール州でもかなり南のほうで、ルメール州にも近い。北の海に面しているハクラとは真逆だ。
理由はわかる。名前をもっと広めるためだ。
「別にいいけど、なかなか商都ハクラに入れないもんだな」
「同じ州で片っ端から道場破りをしている若い剣士という知名度でハクラに向かいたいですからね。それに、道場破りの途中に気づきましたが、レオンは人との戦闘はたくさんやるべきです」
「それは俺も自覚してる」
完全に同じ動きをする人間はこの世にいない。いろんな人間と手合わせすればするほど、対応力も高くなる。
「自分より数字の上ではちょっと弱いはずの相手に相当苦戦した。絶対に経験の差だ。もっといろんな奴と戦うほうがいい」
「私も極力、いろんな型や流派でレオンと手合わせをしてきたつもりなのですが、限界はあるようですね。どうしても同じ肉体なので」
「そりゃ、どうしようもない。ラコのせいじゃない。巨人が真上から踏みつけてくるような戦いは物理的に不可能だ」
この道場破りの旅は、俺の経験を積むための戦いも兼ねている。今のところ、それは成功している。
「あと、俺の素性って全然バレないもんだな。いいことなんだけど」
やけに竜騎士家に詳しい奴が一人ぐらいいるものかと思ったが、俺が庶民の出だと言うと、どこの道場の奴も素直に信用してくれた。
「私が教えてきたのは竜騎士家の型とはまたちょっと違いますからね。竜騎士家の人間と手合わせした経験がある人ほど、違うところの流派だと思います」
あっ、なるほど。
当面は身バレのリスクはないままいけそうだ。
「明日の目的地であるエシロル郡の領主、子爵ドニ・オトルナはよく武人を集めてるようですし、将来のためにもレオンの名前ぐらいは知らせておきたいところです」
「やっぱりラコは三手先ぐらいまで読んでるんだな」
将来の仇討ちのために味方になってくれる領主は多いほうがいい。現状、身分も明かせないからずいぶん先の話だが。
「三手先までいくと、半分ぐらい妄想ですけどね。不測の事態が起きる可能性は無数にありますよ」
「そういうの、口にするのはやめろ。本当のことになりそうで怖いから……。俺の運の悪さは極端だから……」
なにせ呪われてると言われるぐらいの運の悪さだからな……。




