9 小鳥とあやかしたち ④
送り提灯のちょう子は、彼女が想いを寄せている人間をこっぴどくフッた女性に恨みを抱いていた。小鳥を惑わせようとしたのは、その女性に小鳥が似ていたからだった。
「残念ながら私ではないです」
「そうですよね。あなたが悪い人ならチビたちも懐かないでしょうから~」
ちょう子は小鬼たちを指差して言った。小鬼たちに正式名称はないらしく、それぞれ好きな呼び方をしているようだ。
小鳥は小さく手を挙げて尋ねる。
「あの、お聞きしたいんですけど、もし、私が本人だったとしたらどうしていたんですか?」
「もちろん、ひと気のない所に連れて行って」
「駄目です! 人を傷つけるのは良くないです 大体、人の色恋沙汰に部外者が首を突っ込むのは良くないです!」
小鳥に説教されたちょう子はしゅんと肩を落とす。
「でも、本当にあの人が可哀想で……」
「人の気持ちは変わるんです。別れることだってありますよ」
「そう……ですよねぇ……」
ちょう子は消え入りそうな声で同意すると、静かに立ち上がった。
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
「……えっ」
頭を下げて謝ったあと、小鳥に向けられた笑顔が傷ついているように見えて、小鳥は焦った。
(どうしよう。とりあえず、もっと話を聞くべき? 話を聞いてもらっただけでもスッキリすることはあるもんね!)
「あ、あのちょう子さん!」
「……何でしょうか」
「ちょう子さんはどうして人間の男の人を好きになったんですか? それにその人をフッた女性を許せない理由も教えていただけないでしょうか!」
「……聞いてくれるんですか?」
「聞くだけでしたら!」
「ありがとうございますぅ!」
ちょう子は満面の笑みを浮かべると、椅子に座り直して話し始める。
ちょう子は雨の日の夜、飲み屋街で人間に悪戯しようと、人間の姿に変化してふらついていた。そんな彼女に傘を差し出してくれた男性に恋をしてしまった。
彼は居酒屋のアルバイトをしている大学生で慎也と言い、ちょう子はその日から、その店の周りをうろつくようになって話をするようになっていった。
彼女がいると聞いてショックを受けたが、彼が幸せならそれで良いと思っていた。そんなある日、彼が彼女にフラレるシーンを見てしまった。
「慎也くんは昔から犬を飼っていたんですが、彼女と同棲すると決まった時に、彼女は犬が嫌いだから犬を保健所に連れて行けと言ったんだそうです」
「そんな! 私に彼氏がいて、そんなことを言われたら同棲なんてしません!」
「普通はそうですよね。でも、彼女は違ったんです。犬と自分、どちらを選ぶのかと言ったんですぅ」
「もちろん、犬と答えたんですよね!?」
彼氏いない暦イコール年齢の小鳥には、恋に夢中になる気持ちがまったくわからない。声を荒らげて尋ねた小鳥に、ちょう子は首を横に振る。
「いいえ。どちらも大事だから選ぶことなんてできないと」
「……その答えは間違ってはいないですね」
(犬も彼女も大事! それは当たり前のことだもの!)
「そうしたら、彼女はすぐに自分を選ばなかったと慎也くんをビンタして別れると言ったんです」
「別れて良いと思いますよ! 彼女にも犬アレルギーとか事情があるかもしれませんけど、何の説明もなく保健所に連れて行けは違うと思います!」
「アレルギーとかではなくて、ただ自分を一番に見てほしかったみたいですね」
「……酷いと思いますが、ちょう子さんが首を突っ込んで良いものではないです」
小鳥が説得しようとしていると、ぽちがどこからかやって来て、同意すると言わんばかりに「ワン」と鳴いた。
「お待たせしました」
ちょうどその時、オーナーが小鳥の目の前にジャンボパフェを持ってきてくれた。
「わ、私、ジャンボパフェではなく、普通のパフェを頼んだんですけど!」
「それでは足りないでしょう。お代はいりませんから気になさらず」
ニコニコと微笑むオーナーに小鳥は慌てて言う。
「いえ! 代金はちゃんとお支払いをおぉぉっ!?」
途中から驚きの声に変わってしまったのは、気づかない内に小鬼が列をなしていただけでなく、たまたちも列にきちんと並んでいたからだ。
たまと三毛猫の猫又の会話が聞こえてくる。
「チョコレートパフェだにゃんて、はじめてだにゃー。たまは、まえにたべたのにゃ?」
「そうにゃ。おいしかったにゃっ! りゅーきはたべさせてくれにゃいにゃん。でも、ことりはたべさせてくれるにゃん。やさしいにゃん。きっとみけもたべさせてもらえるにゃん」
(猫又って人間の言葉を話せるんだ……。もしくは、私の耳がどうかしちゃってる? まあ、可愛いからいっか!)
にゃんにゃん話している姿を見て和んでいると、ちょう子が話しかけてくる。
「こ、小鳥さん! そ、そのパフェ、一口いただいても!?」
「あ、はい。みんなで分けましょうね」
オーナーが小皿を用意してくれたので、小鳥は芸術的に作られたジャンボパフェを少しずつ崩していった。




