70 龍騎の元婚約者 ④
「いいかげんにしてくれ!」
龍騎は立ち上がると、小鳥に話しかける。
「送っていく」
「え? あ、はい! お願いします!」
慌てながらも小鳥は立ち上がり、足元の荷物入れの箱から鞄を取った。
「ちょっと、龍騎くん!」
「俺と話がしたいんなら、祖父を経由してください」
「あなたのお祖父様と西園寺家の仲が良くないことは知っているでしょう!?」
「……話したくないって気づいてくださいよ」
龍騎の答えを聞いたみつかは、顔を真っ赤にした。
オーナーに挨拶をし、先に店を出ていった龍騎を追いかけて外へ出ると、眉尻を下げた龍騎が待っていた。
「巻き込んでごめん。イライラしてオーナーに挨拶するのも忘れてた」
「代わりに挨拶しておきましたので大丈夫です。オーナーもわかってくれていますよ」
「そうだろうけど、あとで電話しとくよ」
「お願いします。……それよりも、大丈夫ですか?」
小鳥が尋ねると、龍騎は歩き出して答える。
「大丈夫ではないけど、小鳥がいたから助かった。あやかしに来てくれてありがとう」
「たまたまですよ。でも、行こうと思った自分を褒めておきます」
「そうだ。時間があるんなら、うちに寄ってかないか? カフェオレ飲めなかっただろ」
小鳥はオーナーにアイスカフェオレをオーダーしていたのだが、提供される前に店を出てしまったのだ。
「ど、どうしよう! カフェオレを無駄にしちゃった! オーナーにもお金を払ってないし!」
「カフェオレならオーナーも飲めるし、他のあやかしたちも飲めるから大丈夫だろ。そのことについても謝っておくよ」
「お金は自分で払いますからね!」
「わかった」
龍騎といると、いつも彼が出してくれるので強い口調で言うと、龍騎の表情は明るくなった。
その後、龍騎の祖父宅にお邪魔し、冷房のよく効いた居間でアイスカフェオレに舌鼓を打っていると、数匹の小鬼が龍騎の所にやってきた。
「ピーッ」
「ピピピッ!」
腕や足を必死に動かして、小鬼たちは龍騎に話しかけている。
(まったく何を言っているのかわからない)
龍騎は話を聞き終えると、小鬼に礼を言い、お礼にアイスクリームを食べさせはじめた。
「何て言っていたんですか?」
喜んでいる小鬼を見ながら小鳥が話しかけると、龍騎は苦笑して答える。
「オーナーに色々と小鳥のことを聞こうとしていたみたいだ。お客様の個人情報は教えられませんと言って突っぱねてくれたらしい」
「それはそうですよね」
頷いたあと、小鳥の頭の中にふと疑問が浮かび、そのことを口にする。
「オーナーと西園寺さんは知り合いなんですか?」
「いや。会ったことはないと思う。お互いに知ってはいるだろうけどな」
「オーナーは龍騎さんから西園寺さんの話を聞いているというので納得できますけど、どうして西園寺さんがオーナーのことを知っているんですか?」
「人に調べさせてると思う。さすがにオーナーが妖怪を信じているとは思っていないだろうけど」
「どうして西園寺さんは妖怪のことを信じないのでしょう」
龍騎の性格を知っている人間なら、そんな嘘をつくはずがないと思うのではと小鳥は考えた。
「まあ、信じる信じないかは人の勝手だからな。宗教だってそんなものだろ」
「そう言われてみればそうですね」
実際に目にしたり感じたものしか信じないというのは、別に間違ったことではないと小鳥が納得していると、龍騎は手を合わせて謝る。
「巻き込んで本当にごめん」
「気にしないでください。私は仮ではありますが婚約者ですから! ちゃんと婚約者のふりをしないと、土蜘蛛たちのような悪い妖怪に狙われちゃいますしね!」
「……仮だもんな」
「どうかしましたか?」
肩を落とした龍騎に小鳥が声をかけると、彼は苦笑して答える。
「何でもない。それより、もし仕事に影響が出てくるようなら、我慢したり隠さなくていいから絶対に言ってくれ」
「わかりました!」
この時の小鳥は、みつかがいくら我儘な令嬢で、権力で小鳥の素性を調べようとしても周りが止めるものだと思っていた。だが、そうではなかったとわかるのは、それから一週間後のことだった。




