68 龍騎の元婚約者 ②
龍騎の元婚約者の名前は西園寺みつかといい、高級リゾートホテルなど、不動産関係を主体としている大会社の社長の娘だ。
龍騎と同じ年だが、みつかは短大卒のため龍騎よりも二年早く働き始めていた。
小鳥と同じく、幼い頃から妖怪が見える龍騎は、いつかは結婚するのであればと婚約者のみつかに、自分は妖怪が見えるのだという話をした。
すると彼女は『私と結婚したくないからってそんな馬鹿げた嘘を?』と鼻で笑った。
その時には母は他界していたため、祖父と共に本当の話だと伝えても、みつかの両親にも信じてもらえなかった。
(普通の人は妖怪がいること自体、信じていないものね)
普通の人の目には見えないだけで、多くの妖怪が自分たちの周りに存在することを知っている小鳥には、少しでもいいから、いるかもしれないと思ってほしかったという龍騎の気持ちがわかった。
みつかに突き放された龍騎は、かなりショックを受けたらしい。そのため、しばらくの間は妖怪のことを口にするのを止めた。
そんなある日、鬼化しそうになっていた人物が彼女に近づこうとした。危険だと伝えたが、彼女は反発した。
『あの人はとても優しい人よ。あなたのような頭のおかしい人ではなく、彼と結婚するわ』
そう言って、その場で婚約は破棄された。しかも、龍騎の有責でだ。
龍騎としては仕方のないことだと思った。
妖怪が見えない人間に信じてもらえるはずがないのだとわかっていたのに、理解してもらおうと強要した自分が悪かったのだと反省し、婚約破棄を受け入れた。
それなのに、わざわざ彼女は龍騎の目の前に現れたのだ。
「あの、聞かれたくないことかもしれませんが、龍騎さんは西園寺さんのことをどう思われていたのですか?」
(好きな人だったのなら、これを機によりを戻そうとするのかな)
もやもやした気分で尋ねると、龍騎は苦笑して答える。
「最初から拒否られてたから、どう思うも何も仲良くするにはどうしたら良いかという考えくらいしかなかった。だから、婚約破棄された時はショックだったけど、しばらくしてホッとした気持ちになったんだ。まあ、そのせいで親父とは仲が悪いんだけど」
「だから、おじいさんの家で暮らしているんですね」
「そういうこと。未練があったとかそんなんじゃなくて、嫌だったことを思い出して憂鬱になってる感じかな」
「どうして西園寺さんは龍騎さんの目の前に現れたんでしょうか。それに担当者が変更する理由は何なのですか?」
「たぶんだけど、圧力がかかったんじゃないかな」
龍騎は大きなため息を吐いた。
(相手が取引先の社長の娘だとしたら、彼女の希望に応えようとしてしまうのかしら。他の社員にしてみれば良い迷惑よね)
「西園寺さんは結局、その方と結婚されたんですか?」
「いや、まだ婚約中だ。鬼化しそうになってた人間だから、何か悪い所が見つかったんじゃないか?」
「ということは、もしかして、龍騎さんとよりを戻したいから近づいてきたとかですか?」
「散々、俺のことを馬鹿にしてきたんだ。婚約破棄をしてきたのも向こうなんだから、今更、そんな馬鹿なことは言わないだろ」
「ピーッ!」
今まで黙って聞いていた小鬼たちが、龍騎の周りで騒ぎ始めた。皿を拭いていたオーナーが顔を上げて呟く。
「どうやら、人間のお客様が来たようですね」
カランカランというベルの音と共に扉が開き、中に入って来たのはいかにもキャリアウーマンといった服装に、艶のあるストレートの長い髪を背中に垂らした、清楚系の美女だった。




