67 龍騎の元婚約者 ①
誠のことは気がかりでありながらも、もう大人なのだから自分のことは自分で考えるべきだと、小鳥が彼のことを考えなくなっていたある日のこと。
仕事終わりに『あやかし』に向かうと、珍しく龍騎が店内にいた。
仕事の日に『あやかし』に来る場合、今までは小鳥が先に着くことのほうが多かった。驚きはしたが、そんなこともあるだろうと、小鳥はカウンター席に座る龍騎に笑顔で話しかける。
「お疲れ様です。今日は直行直帰の日だったんですか?」
「ああ。なんというか、無理に終えたというか」
「……何かあったんですか?」
龍騎の表情が暗いので、小鳥は心配になって尋ねた。
7月下旬ということもあり暑さが増し、夏バテで体調を崩しているのではと心配になった小鳥だったが、龍騎は首を横に振った。
「移動も電車や車だし、体調云々じゃないんだ。精神的なものかな」
「営業先で嫌なことがあったんですか?」
「愚痴ってもいいか?」
「もちろんです!」
小鳥が大きく頷くと、龍騎はため息を吐いてから話し始める。
「今日、取引先の担当者から担当の変更を言われたんだ」
「そうなんですね」
「担当者変更については会社の都合だし、仕方のないことだと思う。それについての文句はない。問題は変わった相手が知り合いだったことだ」
「知り合いだと駄目なんですか?」
「駄目だっていうわけじゃないんだけど」
(知り合いなら、仕事がやりやすくなるのかと思ったけどそうでもないのかな。私情を挟んじゃうとか?)
「何か問題でもあるんですか?」
不思議に思って尋ねた小鳥に、龍騎は眉根を寄せて答える。
「相手が元婚約者だった」
「……え?」
予想していなかった答えに、小鳥は目を瞬かせる。
「違う会社に働いてたんだが、転職してきたらしい」
「て、転職? まさか、龍騎さんに会うためとかじゃないですよね?」
「まだわからない。ただ、彼女の顔を見ると嫌悪感しか湧かなくてやばい」
(たしか、妖怪が見えることを信じていなくて、それで龍騎さんとの婚約を破棄したんじゃなかったっけ?)
「元婚約者の方って良いところのお嬢さんですよね? 自分のお父さんの会社で働いたりしないんですか?」
「将来的には自分の父親の会社に就職することが決まってるんだけど、経験値を積むために取引先の会社に入社させてもらってるらしい」
「今までは違う会社に勤めていたってことですか?」
「そうなんだ。転職してたなんて知らなかった」
龍騎は両手で顔を覆い、大きなため息を吐いて続ける。
「情けないことを言うけど、俺はその人のことが苦手なんだ。妖怪なんていないと否定するのはまだいい。妖怪が見える俺を気持ち悪いと否定したことが嫌なんだ」
「気持ちはわかります。子供の頃に言われたこと、私もはっきり覚えていますから、心の傷ってそう簡単に癒えるものではありません」
「俺の場合は小さい頃から婚約を破棄されるまでずっと言われ続けていたから、彼女に対して嫌悪感しかない」
(小さい頃に言われたことって、覚えていないようで傷ついたことについてははっきりと覚えている。龍騎さんの場合は思春期の時代も言われていたってことだし、自分を否定してくる人なんて嫌だよね)
「担当を変えてもらうことはできないんですか? その、相手側じゃなくて龍騎さんが、です」
「話をしようかと思うけど、コネを使ったと言われるかと思うと嫌なんだ」
「仕事に支障をきたす可能性があるなら変えてもらったほうが良いと思います」
(こんな弱弱しい感じの龍騎さんを見るのは初めてだ。よっぽど嫌なんだろうな。できるなら辛い思いはしてほしくない)
小鳥がはっきりと答えると、龍騎は口元に笑みを浮かべる。
「そうだな。そうする」
(少しは元気を出してくれたのかな)
小鳥が安堵したその時、カウンターに置いてあった龍騎のスマートフォンに通知が入った。メッセージが届いたようで、龍騎がスマートフォンを手に取り通知内容を確認した途端、表情を厳しいものに変えた。
「どうかしたんですか?」
「元婚約者から連絡がきた。……どうして、個人の携帯に連絡してくるんだよ」
龍騎は呟くと、小鳥にも画面を見られるようにしてメッセージアプリを開いた。




