63 土蜘蛛とライバル ②
小鳥やオーナーは土蜘蛛に会いたくなかったので、彼に話をするのは龍騎といきしだけになった。『あやかし』に呼び出すことはできず、話し終えたら、二人は土蜘蛛を探しにいくと言った。
(人間の姿の土蜘蛛はかなりガラが悪そうな見た目だし、中身も最悪だから、オーナーの息子さんはかなり怯えるでしょうね)
土蜘蛛に脅されたのであれば誠は二度とこの店には近づかないだろうと考えていると、たまが小鳥の膝の上に乗って顔を傾ける。
「あの男はいったい何がしたいのかわからないにゃん。いきしと話をしてふられたら逆恨みしそうにゃん」
「それはありえるかも……」
(偏見かもしれないけど、ああいうタイプの人って、気持ちに応えてもらえなかったら死ぬだとか、殺してやるみたいなことを言いそう)
いきしが彼に殺されるだなんてことはありえないので、そこは安心な小鳥だが、命を絶とうとすることは良くない。
(オーナーにとっては息子なんだもの。そんなことになったら自分を責めるに決まっているわ。やっぱり土蜘蛛に何とかしてもらうしかないのかな)
「あの子の性格を知っていますから言いますが、また引きこもり生活に戻るだけでしょう。どんなことでも自分が悪いのではなく、相手が悪いと思う子ですから」
「そんな風になってしまった原因に心当たりはあるの?」
いきしが尋ねると、オーナーは首を横に振る。
「はっきりとはわかりません。ただ、学生時代はここまで酷くなかったんですよ。ということは……」
「社会人になって人の汚さを知ったというところかしら」
「ピー!」
近くで話を聞いていた小鬼たちが、同意するように一斉に鳴き始めた。なんと言っているかわからない小鳥が龍騎を見ると、意を察した彼は答える。
「大人になってから絶望する人間も多いって言ってる」
「子供の頃の純粋さはなくなってしまいますもんね」
納得して、小鳥は頷いた。
(子供の心のまま大きくなる人もいるけれど、多くは人の汚さを知ることになる。私だってそうだったもんね)
龍騎と知り合った当時は、社内で嫌な思いをした。今もそんな気持ちになることがないわけではない。だが、龍騎への恋心を自覚し始めた頃からは、周囲からのやっかみをあまり気にしないようにしていた。
「でも、これでゆっくりできるにゃん。今までは、あの和服美人に会わせろって、店の中に押しかけてきて迷惑だったにゃん!」
「良かったね、たま」
「ありがとにゃん」
小鳥が笑顔で頭を撫でると、たまは嬉しそうに喉を鳴らした。
******
次の日、龍騎たちとの待ち合わせ時間よりも少し早い時間に、小鳥は『あやかし』にやってきた。
冷房の設定は高めだが、炎天下の中歩いてきた小鳥には、店内は極楽で、お水代わりに出された麦茶を美味しくいただいていると、怒鳴り声が店の外から聞こえてきた。
「おい! なんだお前! この店になんか用かよ!」
土蜘蛛の声だとわかった小鳥は、カウンター席から移動し窓の外を見る。普段は低木に囲まれて外が見えにくいのだが、伸びていた枝が短くなり外が見えやすくなった。
(もしかして、外の木も妖怪なの?)
「だ、誰なんだ、お前は!」
「俺か? 俺はいきしの恋人になる予定の男だ! あいつの周りをうろちょろするなら、俺が相手になるぞ!」
怯えて後ずさりながら尋ねた誠に、土蜘蛛は躊躇う様子もなく答えたのだった。




