61 いきしにとって嫌なこと ①
「ピピーッ!」
数匹の小鬼は近くのゴミ箱に捨てられていた空き缶を持ち上げ、誠の顔にぶつけた。
「キャンキャン!」
ゲージの中のシロも警戒するように吠える。
(どうしよう。というかこの人、こんな服をどこから持ち出してきたんだろう)
大金持ちの家や仕事に関わるならまだしも、一般の人間がタキシードを家に持っているという話を小鳥は聞いたことがなかったので、どうでも良いことを考えてしまった。
「い、痛い! なんなんだ! この辺りは呪われてるのかよ!」
ピンポイントで誠の顔を狙って飛んでくる空き缶を手で防ぎながら、誠が叫んだ。
「……呪われてる?」
「ここに来たらのっぺらぼうが出たり、ポルターガイストが起こるんだよ! 呪われているとしか考えられないじゃないか!」
小鬼たちの姿は誠には見えないため、勝手に物が動くポルターガイストだと思い込んでいるようだ。
(オーナーはこの人に妖怪の話をしたことはないのかな。オーナーは信じているから、この人だって少しは妖怪の存在を信じてくれても良いと思うんだけど、親子でもやっぱり考え方は違うのかな)
「ああ、もうどうでもいい! それよりもあの時の和服美人に会わせてくれ! 彼女のことを思うと夜も眠れないんだ!」
(限界がきたら眠れると思います)
そう思ったが、火に油を注ぐようなものだと思い、さすがに口にするのはやめておいた。
「おい、聞いているのか? お前は知り合いなんだろう! 人助けをすると思って、あの和服美人に会わせろ!」
「あたしに何か用?」
誠が小鳥の腕を掴もうとした時、どこからかいきしが現れ、誠の頭を掴んで彼の顔を自分の顔に近づける。
「こんなに至近距離であたしの顔が見れて満足したでしょう? だから、二度と小鳥に近づかないで」
「や、やっと会えた! 連絡先を教えてくれ! そうすれば馬鹿なことはしない!」
「嫌よ。あたしに会いたいからって友達を怖がらせるような男と連絡なんて取りたくないの。あたしのことが好きなら、二度と目の前に現れないでちょうだい」
「そ、そんな! 好きな相手に会えないなんて辛すぎるだろう!」
「嫌われるようなことをしたのはあんたよ」
「僕が何をしたって言うんだ!」
この時の誠は本気でそう思っていた。だが、いきしに誠の考えが理解できるはずもない。
「迷惑をかけているじゃないの。自分の父親の喫茶店の前でうろうろしたり、今だって小鳥に乱暴しようとしたわ」
「それもこれも悪いのはあんたじゃないか! あんたがもっと早くに僕の目の前に現れてくれていれば、僕はそんなことをしなくて良かったんだ!」
「馬鹿じゃないの?」
いきしは鼻で笑うと、誠から離れて蔑んだ目で彼を見つめる。
「普通はそんなことをしたら誰かの迷惑にかかるとか、私に嫌われるかもしれないとか思うもんなのよ。だけど、あんたは違う。自分があたしに会いたいっていう気持ちを押し出して、他人にどれだけ迷惑をかけているかなんて考えてない。思いやりのないあたしが言うなって感じかもしれないけれど、自分だけ良ければいいなんて考えの持ち主はお断りよ」
「ぼ、僕は別に……、自分だけ良ければいいなんて考えているわけじゃ」
「じゃあどうして小鳥に大声を出したの?」
冷たい口調で問われた誠は返す言葉が見つからなかったのか「……っ!」と声にならない声を上げて、小鳥たちに背を向けて走っていく。すると、『あやかし』から出てきたぽちが姿を隠したまま、誠のふくらはぎをがぶりと噛んだ。
「うあああっ! 痛い、足が、足がつった!」
(ぽちに噛まれたら噛まれた痛みじゃなくて、足がつった痛みになるんだ)
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら去っていく誠を見ながら、小鳥は呑気にそんなことを思ったあと、道に散らばった空き缶を片付けている小鬼を手伝う前に、いきしに助けてくれたお礼を言ったのだった。




