60 思い込みが激しい男 ④
「ぽちのおよめさんはふつうのいぬなの。ほかのいぬはふつうのいぬなんだけど、しろだけは、はんようでうまれちゃったんだって」
シロはわこの言葉の意味をわかっていないようで、パタパタとふさふさの尻尾を振っているだけだ。
「うわあ、可愛い!」
小鳥と母はわこからシロを抱っこさせてもらい、きゃあきゃあと叫ぶ。
事情を聞いてみると母犬はオーナーの友人で、オーナーの散歩ついでに姿を見せて歩いているぽちに、シロの母が恋をした。その後、オーナーの知らないうちに妊娠していたわけだが、ここからが問題だった。
母犬の飼い主はぽちが妖怪だとは知らない。六匹生まれた子犬のうち、一匹だけが神隠しにあったように消えることがあり、恐怖を覚えたのだと言う。人にあげることもできないし、捨てるなんてありえない。だけど君が悪いので、どうしたら良いのかと悩んでいる友人に、オーナーが引き取ることを決めたのだ。
「シロはこいぬだけどやんちゃで、むいしきにすがたをけしちゃうでしょ? まさおにもみえなくなるときがあるみたいだから、このいえにすんでいるみんなはようかいがみえるから、こまらないとおもうの。このこ、このいえでかってもいい? わこがめんどうみるから」
わこのお願いということもあるが、ペットショップで抱っこしてしまえばほしくなると近い感覚で、シロは千夏家の一員に認められた。
「シロ、じぶんがすがたをけしてることがわからなくて、かいぬしさんやおかあさんにあまえたり、きょうだいによっていってもむしされてたみたい」
わこはしゅんと肩を落として言った。
「仕方がないわよ。見えないとわかっていれば別だけど、それさえ知らないんだもの」
「そうだよね。シロもいつか、それをりかいするとおもうんだけど」
(まだ生まれたばかりだから、理解するのは難しいよね)
シロを家族に迎え入れるには、ペットシートなど必要なものが多い。買い物に行かなければと話をしていると、オーナーが用意していたものをもらえることになった。
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次の休みの日、シロの散歩がてら、小鳥は『あやかし』に向かった。ゲージに入れて手回り品料金を払えば電車に乗ることができる。送り犬のように姿を消すことができれば別だが、消えたり見えたりするシロはゲージに入れて移動することが一番だった。
暑さが増してきたので、ゲージの中にいるシロが熱中症にならないように注意しながら、『あやかし』の近くまできた時、小鬼たちが騒ぎ始めた。
「ピー! ピーッ!」
「ピピーッ!」
小鬼たちが小鳥を守るように、彼女の前で両腕を広げると男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! お前! あの時の和服美人に会わせろ!」
怒りの形相で近づいてきたのは、タキシード姿の誠だった。




