46 とある親と子 ②
オーナーに連絡したところ、警察は勘弁してほしいと言うので『あやかし』に連れて行くことになった。
オーナーの息子がやって来ると聞いて、妖怪たちが『あやかし』からいなくなってしまったためか、店の前にある看板は『まぼろし』に変化していた。
「せっかく外に出れるようになって良かったと思ったのに、女性をストーカーするなんて信じられないですね」
オーナーの息子、誠を見ながら、龍騎がこれ見よがしにため息を吐いた。
『まぼろし』の店内はテーブルや椅子などの配置はいつもと変わらないが、小鬼や他の妖怪たちの姿は一切見えない。
「息子が本当に申し訳ございませんでした」
小鳥がカウンター席に座ると、オーナーが深々と頭を下げた。
「今回は許しますけど、次にこんなことがあったら警察に通報しますから、そこはご了承くださいね」
「二度とそんなことをさせるつもりはありませんが、小鳥さんの身に危険がないことが一番ですから、息子が馬鹿な真似をするようでしたら、遠慮なく通報をしてください」
「別に僕は危害を加えるつもりはなかった!」
小鳥たちの会話を聞いていた誠が叫ぶと、龍騎が眉根を寄せる。
「捕まった犯人がよくそういうこと言ってるよな」
「う、うるさい!」
誠は顔を真っ赤にして叫ぶと、小鳥を指さす。
「お前が来てからは親父は僕に働けとうるさくなった! どうせ余計なことを言ったんだろう!」
「……オーナーが働けと言い出すようになったのは私のせいだと言いたいわけですね」
小鳥が呆れた顔で尋ねると、誠は唾を飛ばしながら叫ぶ。
「そうだ! お前が来てから家の中がおかしくなった! 親父が変わったのもお前のせいなんだろう!」
「お聞きしますけど、私がここに来るようになった時期を知っているんですか?」
「く、詳しくは知らない。でも、どうせ最近なんだろ?」
「最近であることは確かですが、オーナーがあなたに働くように強く言い始めた時期より一ヶ月以上は前です」
小鳥は一見しただけでは、とても大人しそうな外見だ。そんな彼女に言い返されると思っていなかったのか、誠は焦った顔になった。
「そ、そんなの……僕は知らない」
「もういい!」
いつも温和なオーナーが大きな声を出したため、小鳥はびくりと体を震わせ、龍騎も驚いた顔をしてオーナーを凝視した。
「な、なんだよ親父」
「お前に働けと言い出したのは私がそう思ったからだ。小鳥さんのせいではない!」
「ここまで僕を甘やかしておいて、面倒になったから見捨てるのかよ!?」
「……面倒になったからとかじゃない。親だからだ」
オーナーは声を震わせて答えると、小鳥に頭を下げる。
「小鳥さん。息子が無礼な発言をしてしまい、まことに申し訳ございませんでした」
「オーナーは悪くありません」
「……ありがとうございます」
オーナーは悲しげな笑みを浮かべて礼を言うと、今度は龍騎に頭を下げる。
「龍騎さん、少しでも早く、あの件を進めようと思います。お力を貸していただけますでしょうか」
「もちろん」
誠の前なので、はっきりと言葉にすることはなかったが、家を出ていく件だとわかった小鳥はオーナーを見て悲しい気持ちになった。
(きっと、こんな風に育ったのは自分のせいだと責めてしまうんだろうな。親の責任がまったくないとは言えないけれど、もう大人なんだもの。親に頼らずに生きていくのが普通よ)
龍騎は立ち尽くしたままの誠に冷たい目を向ける。
「とにかくあなたは家に帰ってくださいよ」
「言われなくても帰るよ! 僕は絶対に出ていかないならな!」
誠はそう言って店を出ていった。沈黙が続いたあと、オーナーが口を開く。
「完全に吹っ切れました。一人になって自分を見つめなおしてもらおうと思います」
「馬鹿なことをしないか、小鬼たちに見張らせるよ」
龍騎の言葉に、オーナーは目を潤ませたあと、深々と頭を下げたのだった。




