45 とある親と子 ①
龍騎には美鈴から連絡してくれるとのことだったが、午後からの小鳥は仕事に集中できなかった。美鈴の彼氏と会うと思うだけで緊張する上に、龍騎とのダブルデートなのだから余計にだ。
ミスをしないように気をつけていたつもりだが、見直すと計算を間違えている所があった。
(私生活のことで支障をきたすのは良くない)
小鳥の会社には午後の3時から4時までの間に交代で十五分までなら休憩が取れる。小鳥はその時間に龍騎にメッセージだけ送っておき、勤務終了時間までは仕事のことだけ考えることにした。
勤務終了後、事務所から出て更衣室に入り龍騎からのメッセージが来ているか確認すると、今晩、用事がないのなら『あやかし』で会おうと書かれていた。特に予定のなかった小鳥は、早速『あやかし』に向かうことにした。
(そういえば新しく住む家の件でオーナーと話をするって言っていたもんね)
会社を出たところで送り犬と合流して歩き出した時、「ピーッ」と小鬼が鳴き、送り犬が後ろを振り返って警戒態勢を取った。
(え? どういうこと?)
送り犬の姿は普通の人間には見えないので何があったか尋ねることも、突然振り返ることもできない。
小鳥は道の端に避けて立ち止まると、トートバッグの中にあるスマートフォンを探すふりをしながら、横を向いて送り犬たちの視線の先に、不自然じゃない程度に目を向ける。すると、行き交う人の流れを邪魔するかのように、小太りの中年の男性が道の真ん中で立っているのが見えた。
(あの人、誰だろう。会社の人じゃないみたいだし)
男は小鳥を凝視しているようで、目が合ったため小鳥はすぐに視線を逸らす。男の表情を見て怖くなった小鳥は『あやかし』に急ごうかと思ったが、後をついてこられても困る。仕方がないから近くのカフェで時間を潰し、男の行動を様子見しようかと考えた時、男の後ろから龍騎が現れた。
「田中さんですよね。お久しぶりです」
「……え? あ、誰だ?」
「ああ、最近は会ってなかったですもんねぇ。俺ですよ。神津龍騎です」
「神津!? ああ、お前! くそ! お前らのせいで僕の快適な生活が!」
男は龍騎に掴みかかろうとしたが、腕を掴まれてひねり上げられる。
「痛いっ! 放せ!」
「突然、暴力をふるおうとされたんですから防御したまでですよ。あなたは女性のあとをつけていたみたいですし、とりあえずこのまま警察に行きましょうか」
「や、やめろ! 助けてくれ!」
「あ、あの、私も証言します!」
男が助けを求めたため何が起こったのかと立ち止まる通行人がいた。小鳥は周りに聞こえるように大きな声で龍騎に話しかける。
「助けてくれてありがとうございます! この人、私が立ち止まったら同じように立ち止まって、ずっと見られていて怖かったんです! 一緒に警察に行きます!」
「や、やめてくれ! 警察なんて嫌だ! 僕は知り合いの息子だぞ!」
「知り合いの息子?」
小鳥が聞き返すと、龍騎は男の腕を掴んだまま苦笑して答える。
「彼はオーナーの息子だよ」
「ええっ!?」
小鳥が驚いた声を上げた時、オーナーを悩ませている男のことを小鬼たちは顔も見たくないくらいに好きではなかった。そんな小鬼たちは道端に落ちていたチラシを拾い上げ、風で飛んできたかのように男の顔に押し当てたのだった。




