4 謎の美女の正体 ①
「しらばっくれても無駄だぞ」
龍騎はそう告げたあと、周囲を確認してから続ける。
「時間があるんなら、近くに隠れ家的な喫茶店があるから場所を変えてゆっくり話がしたいんだが」
「時間はありますが、神津さんと二人で話をするのは難しいです!」
「なんだよ、それ。ってか今、話をしているだろ」
「お店に入ったりして話すことが無理なんです。あ、あの、神津さんのことを嫌っているとかいうわけではなく」
小鳥にとって天敵である田中は帰っていたが、まだ、社内には多くの人が残っている。二人で帰る姿を見られるだけでなく、お店にいる所を見られることは、小鳥にとって危険だった。
失礼な言い方をしてしまったと、小鳥があわあわしていると、龍騎は笑顔で答える。
「大丈夫だ。二人きりじゃないから」
「どういうことですか?」
尋ねた時、突然目の前に背筋がぴんと伸びた和服姿の妖艶な美女が現れた。漆黒の髪を後ろでまとめて簪を挿しており、あらわになっている白い項が艶めかしい。
目鼻立ちの整った顔立ちで血のように赤い唇に銀色の瞳を見た小鳥は、全身に悪寒が走るのを感じた。
小鳥の母は妖怪をあまりよく思っていなかったため、関わらせようとはしなかった。しかし、祖母は違った。
『悪い妖怪よりも良い妖怪のほうが多いのよ。小鳥ちゃんなら、きっと妖怪たちと友達になれるわ』
そう言って、旅の途中に祖母の元に立ち寄ったという格の高い妖怪に内緒で会わせてくれたことがあった。その妖怪に会った時の威圧感を小鳥は子供ながらに覚えていた。
(これって格の高い妖怪やあやかしに感じる時のものと同じだわ。あの時は圧に負けて怖くて泣いちゃったのよね)
「はじめまして。小鳥と言うのよね。あなたのことは調べさせてもらったわ」
妖気を漂わせたまま、女性は笑みを浮かべて続ける。
「わたし、ぱふぇというものが食べたいのよ。だから、かふぇに行きましょう!」
「へ? パフェ?」
「ほら、早く! ぱふぇを食べながら話をしましょう! 心配しないでいいわよ。ぱふぇのお金は龍騎が持つから」
「おい」
龍騎の呆れた声を背中に聞きつつ、小鳥は引きずられるように、謎の女性に連れて行かれたのだった。
******
謎の女性は龍騎が言っていた隠れ家的なカフェに躊躇うことなく入っていった。席に通されると、店の前に飾ってあった食品サンプルと同じものを頼むように龍騎に頼んだ。
「好きなもの頼めよ」
龍騎からそう言われたが、小鳥は目の前に大好物が出てきたとしても喉を通る気がしなかった。
(神津さんに小鬼がペコペコしていたのは、このあやかしがいるからかもしれない。妖力はコントロールできるはずなのに、わざと私に分からせようとしているのはなぜなのかしら)
「ずっと食べてみたかったのよぉ!」
「お前には言ってない」
「言われなくても食べるわ!」
龍騎の横に座り、上機嫌で言うあやかしは、小鳥の怯えた様子に気がついて微笑む。
「驚かせてしまって悪かったわね。私の名前はいきし。生死と書いていきしと読むの。これからよろしくね」
「よ、よろしくと言われましても」
拒否しようとした小鳥だったが、無言の圧に言葉を止めるしかなかった。
(断れば殺されるかもしれない。今までに会った妖怪たちとはレベルが違いすぎる)
いきしの威圧に気がついたのか、龍騎がいきしを睨む。
「怯えさせるな。まずは俺に話をさせろ」
「はーい」
いきしが頷くと、龍騎は小鳥に向き直って居住まいを正す。
「怖がらせて悪い。千夏さんにとって悪い話でもないと思うから、俺の話を聞いてもらえると助かる」
「……わかりました」
どうせ断れないと理解した小鳥は、素直に頷くしかなかった。




