37 背中を押して ②
「デートって言ったって何も計画してないんだぞ?」
龍騎が叫ぶと、いきしは不機嫌そうな顔になる。
「ご近所さんに迷惑でしょう。静かになさいな」
「わかってるけど、お前が突然勝手なことを言い出すからだろ!」
いきしの耳元に口を寄せて小声で話す龍騎を見て、小鳥の胸がちくりと痛む。
(彼女じゃあるまいし、嫉妬してるみたいでなんか嫌だな)
胸を押さえた小鳥に気がついた龍騎がいう。
「今日の小鳥はいつもと違って元気がないし、早くに家に送り届けるべきだ」
「小鳥、あんたはどうなの」
「ピーッ!」
「ピピピッピ! ピーピピピピ」
いきしに問われて、小鳥は俯いていた顔を上げる。
いつの間にか多くの小鬼が集まっており、小鳥がテレビで聴いたことのある歌を歌い始めた。
(負けないでと言われてもなあ。自分に負けるなってこと?)
「気にしなくていいぞ。今日は帰ろう」
龍騎は持っていたペットボトルを背負っていたリュックの中に入れて歩き出す。
(このもやもや、本当に嫌だ。気持ちを認めてしまったら、もっと酷くなるのかな)
「小鳥?」
龍騎に顔を覗き込まれた小鳥は、半ばヤケクソ気味に覚悟を決めた。
「龍騎さんがご迷惑でなければどこかへ行きたいです! あ、あの、ホテルは無理ですがっ!」
「ほ、ホテル!?」
小鳥がどこのことを言っているのかわかった龍騎は顔を赤くして首を横に振る。
「体調が悪そうにしているからって連れ込んだりしねぇよ!」
「では大丈夫です。行きます」
「……行きますって言われても、一緒に出かける場所を決めようと思ってたからなあ」
「なら今すぐ決めなさいよ。なんなら、龍騎の家に行って決めたら? で、今流行りの出前で食事を取りながら話せばいいのよ!」
いきしに言われた龍騎は「出前はお前が取りたいだけだろ」とツッコミ、少し考えてから小鳥に尋ねる。
「ここからだと俺の家のほうが近いから、家で休んでくか?」
「ご迷惑になりませんか?」
「逆だよ。じいちゃんとばあちゃんも喜ぶと思う」
(なんかワガママ言っているだけのような気がする。お言葉に甘えていいのかな。でも、喫茶あやかし以外のお店で話をしていたら、誰に見られるかわからないもんね)
「本当に良いんですか?」
「……良いって言ってるだろ。本当に今日はどうしたんだ? 何かあったのか?」
訝しげな顔をする龍騎に尋ねられ、小鳥は返答に困る。
(こんな時間に彼女でもないのに家に押しかけるなんて……って思ったと言おうかと思ったけど彼女でも駄目か! それなら一緒だよね)
一人で悩んで納得したあと、小鳥は元気良く答える。
「大丈夫です! では、お邪魔させてもらいます!」
「体調が悪くないならいいけど、何か悩み事か?」
「本当に何でもないですよ」
「そうとは思うねぇけど」
歩き出そうとした時、後ろから声をかけられて振り返る。そこには普通の猫の姿のたまがいた。
「にゃ! 小鳥たちは帰るのかにゃん?」
「……たま!」
(すっかり忘れてた! 私ったら自分のことばかり考えて最低だわ!)
慌ててたまの所に駆け寄ろうとした小鳥は、たまの横に猫がいることに気がついた。レッドタビーの猫で毛並みがツヤツヤしていて、野良猫には見えない。どこかの家で飼われているが、自由に外に出られるようになっているようだった。
「そちらの猫ちゃんは、たまのお友達なの?」
「えっとにゃ。彼がびーとにゃん!」
恥ずかしそうにしているたまの横で、よろしくと言わんばかりにビートが「にゃー」と鳴いたのだった。




