36 背中を押して ①
次の日の朝、小鳥が部屋から出ると、たまは夜中には『あやかし』に戻ってきたことや、結局、男は現れなかったので今日の朝からまたパトロールを再開すると言っていたと、わこが教えてくれた。
(そうすることで猫たちを確実に守れるし、ビートと一緒にいる時間も増えるだろうから、それはそれで良いのかな)
昨日の晩に龍騎が交番に相談に行っており、問題の場所の見回りを強化してくれるとのことだった。今晩は龍騎と問題の場所に行くことになっているので、たまたちのことはその時に考えようと思った小鳥は、美鈴にどう話をするかということ集中することにした。
その日の昼休みに美鈴に他の人に話をしないでほしいとお願いしてから、龍騎との関係を簡単に伝えた。すると美鈴はきょとんとした顔で答える。
「そんなん言われんでもわかってたよ。最近の小鳥は職場でも普通に神津くんと話しとったし」
「うう。そうなんだ」
(龍騎さんも美鈴と同じような反応だったし、鈍いのは私だけか)
「小鳥は今まで男性とあんまり話したことなかったんやろ?」
「う、うん。今でも仕事に関係する男性以外と親しく話したことはないかな」
「それやのに神津くんと話せるってことは相性がええんかもしれんね」
周りに聞き耳を立てている人がいないか確認してから、美鈴は小鳥に顔を近づけて言った。
(相性が良いっていうか同士なんだよなぁ)
小鳥が苦笑していると、美鈴はにやりと笑う。
「好きになってしもたんやったら言うてや。応援するし!」
「そ、そんなの絶対にない!」
動揺して大きな声になってしまい、周りの視線が小鳥に集まった。周りに騒がしくしてしまったことを詫びてから、小鳥は美鈴に言う。
「望みのない恋はしたくないんだよ」
「あんなあ、小鳥、そんなの誰だって同じやで。でも、好きになってしもたら、そんなん関係あらへんで」
「……そうなんだ」
美鈴の言葉を聞いた小鳥は、胸に何かが突き刺さったような気持ちになったのだった。
******
その日の夜、小鳥は龍騎といきしと共に野良猫のたまり場である場所に向かったが、結局、男が現れることはなく、たまに任せて帰ることになった。その帰り道、どこか元気のない小鳥の様子に気がついた龍騎が話しかける。
「体調悪いのか?」
「いえ、そういうわけじゃないです。ぼーっとしてました。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけど、野岡さんから何か言われたのか?」
「え!? あ、いや、そういうわけでは」
小鳥と龍騎が話をしている横で、小鬼がいきしに近づき「ピピー」と小声で話をした。するといきしは突然、龍騎に叫ぶ。
「龍騎、喉がかわいた! そこの自販機で飲み物買ってきて! 小鳥の分もね」
「ピピーッ!」
小鬼が自分のも! と主張して鳴いたので「しょうがねぇなぁ」と呟いた龍騎は小鬼を連れて歩き出す。その間に、いきしが小鳥に小声で問いかける。
「昨日はあんなことを言っていたのに意識はしているのね」
「な、何のことですか!?」
「チビから聞いたわ」
今日の昼の出来事を小鬼がいきしに伝えたとわかった小鳥は、珍しく不機嫌そうな顔をする。
「あとで叱らなくっちゃ」
「あの子なりにあんたを心配しているのよ。というわけで、小鳥はこの後は用事があるの?」
「特にないです。家に帰ってご飯を食べるくらいで……」
何時に帰れるかわからなかったので夕飯はいらないと言ってきたことを伝えると、いきしの目がきらりと輝いた。
「あんたたち二人だけじゃ関係が進みそうにないわ! こうなったらおせっかいを焼かせてもらうから!」
「お、おせっかい!?」
「おい、いきし。あんまり小鳥を困らせるなよ」
四本分のペットボトルを抱えて戻って来た龍騎が眉根を寄せると、いきしは小鳥の後ろに回り彼女の肩を掴んで叫ぶ。
「龍騎! 今から、小鳥とデートなさい!」
「「はあ!?」」
静かな住宅街に小鳥と龍騎の聞き返す声が響き渡った。




