35 芽生えていく気持ち
たまの帰りを待ちたかった小鳥だったが、明日も仕事があるということで、龍騎たちと共に21時にすぎに『あやかし』をあとにした。小鳥たちが勤めている会社は残業は可能だが、申請して認められなければ一日二時間までと決まっている。そのため、この時間に職場の人間と出くわすことは週末以外はほとんど考えられない。
万が一見られたとしてもいきしがいるので、二人きりではないと言い張ることもできる。
(この関係性を会社の人には秘密にしておきたい気持ちもあるけど、美鈴には話しておいたほうが良いのかな)
同期の美鈴のことは信用しているが、彼女と知り合ってまだ半年も経っていない。彼女は週末になると彼氏に会いに京都に帰るか、彼氏がこちらに来るかなので、休みの日に一緒にどこかへ出かけたこともない。
何かのきっかけで二人でいる所を見られた時に話すというのも、何か違う気がした。妖怪が見えるなどの話をするつもりはないが、龍騎と仲が良いことは伝えておきたかった。
(名前で呼び合っているなんて知ったら、美鈴はびっくりするだろうなあ)
「どうかしたのか?」
小鳥が突然黙り込んでしまったからか、隣を歩いていた龍騎が彼女の顔を覗き込む。
「すみません! 考え事をしちゃってました。あの、確認したいことがあるんですけど聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あの、同期の野岡さんに龍騎さんの親戚と仲が良いということは伝えているんですけど、その関係で龍騎さんとも仲良くなった的な話をしても良いですか?」
「小鳥が良いなら良いし、妖怪云々の話は別として、俺と仲良くしているということを言ってなかったことに驚きなんだが」
「だ、だって龍騎さんは今までの私にしてみれば近づいてはいけない人種だったんですよ」
「どういう人種だよ」
呆れた顔をする龍騎に、小鳥は素直に答える。
「龍騎さんってイケメンじゃないですか。だから、キラキラして見えたんです。実際、今もキラキラして見えますけど、妖怪が見える人ってそういないじゃないですか。だから、近づくのは恐れ多いという気持ちよりも今は仲間って感じです」
「仲間ねぇ。そこから恋人には発展できるのかしら」
いきしがニヤニヤしながら言うと、小鳥は顔を真っ赤にして答える。
「龍騎さんと私はそういう関係ではありませんから!」
(私が良いと思っていても龍騎さんはそう思ってないだろうし、彼の横を歩くなら、いきしさんのような美人のほうがいいに決まってる)
そう考えた時、胸の奥がもやりとした気がして小鳥は胸を押さえた。
(なんなんだろう。今のもやもや)
「そこまで嫌がらなくてもいいだろ」
「ち、違います! 嫌がってなんていませんよ。恐れ多いと思っただけです」
「俺を何だと思ってるんだ。別に普通の人間だぞ」
(妖怪が見える時点で普通ではないんだけど、そこはツッコまないでおこう)
不貞腐れたような顔をしている龍騎を見た小鳥は、いきしに近寄って小声で尋ねる。
「私、何か失礼なことを言ってしまってます?」
「失礼なことというか、龍騎がちょっと可哀想というか」
「ええっ!? あの、すみません! 私、何を言ったんでしょうか? 謝ります!」
必死に話しかける小鳥に、龍騎は苦笑して首を横に振る。
「いや、気にしなくていい。もっと傷をえぐられそうだし」
「ええっ!?」
龍騎と小鳥の様子を見たいきしは「いい傾向だわぁ」と嬉しそうに笑ったのだった。




