29 近づく二人 ➂
「無理にとは言わない。千夏さんだって色々と忙しいだろうし」
「迷惑でも無理でもないですし忙しくもないです!」
「忙しくないことはないだろ」
「それを言ったら、神津さんだって忙しいんじゃないですか?」
「俺は大したことない」
「私もそんな感じです」
小鳥が両手に拳を作って訴えると、龍騎は苦笑して尋ねる。
「でも、会社の人間に知られたくないんだろ? 一緒に出かけたりすれば誰かに見られる可能性が出てくるぞ」
「少し遠くの駅で待ち合わせるとかどうですか? どこに行くかは別として、土蜘蛛たちは私と神津さんが一緒にでかけないことが気になっているみたいですし」
「なら、車で迎えに行くよ」
「神津さん、車も持ってるんですか」
(乗って来てるバイクも高そうだし、車もきっと高級車なんだろうなぁ)
龍騎の祖父母の家のことを思い出していると、龍騎は首を横に振る。
「俺のじゃなくてじいちゃんのだよ。車が好きでセキュリティ付きのガレージを別の場所に持ってるんだ。そこで数台コレクションしてる」
「コレクション!」
車を数台持っているだけでなく、それがコレクションだと聞いた小鳥は頭を抱える。
「コレクション以外にも普段使いする車があるってことですよね」
「まあな。コレクションはコレクションだ。普段使いはしない。まったく動かさないのも良くないから、夜中に走らせたりはしてるけど」
「……夜中にですか」
(そっか。夜中なら会社の人に見られることはないんじゃない?)
小鳥は右手を挙げて提案する。
「夜中に出かけるのなら、誰かに見られる可能性は低いんじゃないでしょうか。逆に夜は妖怪が見ているわけですし良いですよね?」
「俺はいいけど、千夏さんは家の人になんて言うつもりだよ」
「あ」
(夜中に待ち合わせてのデートなんて、お泊りデートと思われるかもしれない!)
小鳥と龍騎の関係は小鳥の祖母も母も知っているが、やはり夜中に出ていくことは厳しいと思われた。というよりか、変な疑いをされるに決まっている。
「一度、聞いてみます。あの、もちろん、神津さんが嫌でなければですけど」
「俺のことは気にしなくていい。千夏さんや家の人が良いっていうんなら、俺はそれでいいし。その時の送り迎えは当たり前だけど、家の前までしっかりさせていただきます」
「ありがとうございます」
男性と二人きりで出かけることなんて、小鳥にとっては今までにない経験だ。しかも相手は憎からず思っている龍騎のため、にやけそうになる顔を押さえていると、小鬼たちが龍騎に話しかける。
「ピーッ!」
「ピピッピピッピ!」
(今までに聞いたことのない鳴き声だったけど、長い言葉を話してるのかな)
「なんでそんな。別にそこまでしなくていいだろ」
「ピピッ! ピーッ!」
小鬼たちは抗議するように、龍騎の頭をパシパシと叩き始めた。
「わかった、わかったよ!」
「どうかしたんですか? 小鬼たちはなんて言っているんですか?」
不思議に思った小鳥が尋ねると、龍騎は彼女のほうは見ずに言う。
「龍騎でいい」
「……はい?」
「婚約者なら名前で呼ぶって小鬼たちが言うんだよ」
「そ、それで拒否しようとしたら、小鬼たちが文句を言っているんですか?」
「文句というかなんというか……、で、もう一つあるんだけど」
「何でしょうか」
龍騎は今度は小鳥のほうを見て、少しだけ躊躇したあと口を開く。
「俺も名前で呼んでいいか?」
「へ?」
「あ、会社ではちゃんと千夏さんって呼ぶし」
「え……えっと、神津さんが私のことを小鳥と呼ぶってことですか!?」
「……そういうことです」
龍騎と小鳥は立ち止まって見つめ合う。
(うわああ! 嬉しいよりも恥ずかしいが勝っちゃう!)
外灯の灯りはあるが、光の届きにくい場所ではお互いの顔の色は読み取りにくい。龍騎は平気そうに見えるが、小鳥は自分の顔が今、ゆでだこのように赤いのだろうなと考えたあと答える。
「もちろんです! よろしくお願いいたします!」
「ピーッ!」
小鳥が頭を下げると、小鬼たちはふわふわと二人の周りを飛び回って祝福するように手を叩き始めた。照れくささをまぎらわすために、小鳥が龍騎に話しかける。
「そういえば、小鬼は私のスマートフォンでメッセージを送ってくれたんですよね」
「そうだな。……ということは」
「一部の小鬼と私はメッセージでやり取りができるということですね。家で話をしてみようと思います」
「ピーッ!」
甘い雰囲気になるかと期待した小鬼たちは、一斉に不満そうな声を上げた。




