28 近づく二人 ②
「怪しいよなぁ、うん、怪しい」
土蜘蛛は下品な笑みを浮かべ、小鳥の周りをぐるぐると回りながら話す。
「二人は婚約者だって言うのに会うのは喫茶店ばかり。家には何度か行っているみたいだが、お前の家に龍騎が来たことはないし、二人で出かけている様子はまったくない!」
「なんでそんなことを知ってるんですか。気持ち悪いんですけど」
(私たちの行動を監視でもしてるのかしら。正しいことを言っているだけに余計に気持ちが悪い)
土蜘蛛はニヤニヤして小鳥の顔を覗き込む。
「なあ、本当はお前が婚約者なんて嘘なんじゃねぇの?」
「気持ち悪いんで顔近づけないでください」
小鳥は誰かに対してこんな酷いことを口にする人間ではないし、思うことだってそうない。けれど、この時だけは我慢できなかった。
「あ? 婚約者ねぇんなら食うって言ってんだろうが! 婚約者じゃないと言えよ!」
土蜘蛛が小鳥の肩を掴んで叫んだ時、ポチが土蜘蛛の足に噛みつき、小鬼たちが一斉に彼の両目に蹴りを入れた。
「ぎゃあああっ! 何すんだ、この馬鹿ども!」
ポチは蹴り飛ばされる前に距離を取り、小鬼たちも彼に捕まらないように素早く逃げた。土蜘蛛が大声を出しただめ、通り過ぎようとしていた人たちが何人か足を止めた。こちらに目を向けているが、通報すべきかどうしようか迷っている様子だ。
「いいかげんにして! 別にあなたに私たちの仲をどうこう言われる筋合いないわよ!」
ポチや小鬼たちと一緒に土蜘蛛から距離を取って小鳥が叫んだと同時、彼女の横にいきしが現れた。
「あんた。ふざけんじゃないわよ」
いきしは懐から扇子を取り出すと、土蜘蛛の頬を思い切り叩いた。
「な、なんでいきしがここに……」
「小鳥に何か用事があるんなら、あたしを通しなさい。あんたごときが小鳥に近づこうなんて千年早いわ」
(千年も生きてられませんけど)
いきしが来てくれたという安心感で、小鳥はいきしと土蜘蛛を交互に見ながらそんなことを思った。
「おい!」
駅に隣接している駐輪場やバイクの駐車場のほうから龍騎が走って来ると、小鳥を庇うように土蜘蛛の前に立つ。
「一体、何がしたいんだ」
「お、俺はいきしと話したくてこいつに接触しただけだ!」
「あたしと話したいのに小鳥と話をするの? あんた、本当に馬鹿ねぇ」
いきしは土蜘蛛の顎を扇子の先で持ち上げて続ける。
「あたしと話がしたいなら、あたしの所に直接来なさいよ。話を聞いてやるかどうかは、その時の気分によって決めるわ」
「で、でも、お前、俺が来ると嫌がるじゃねぇか」
「あんたが小鳥の所に行くくらいなら、あたしの所に来たほうがマシ」
いきしはきっぱりと答えると、動画を取ろうとしている若者に気がつき、ちらりと視線を送ると小鬼がカメラのレンズ部分に張り付いた。
「え? なんで真っ黒?」
小鬼たちの姿が見えない若者は、カメラ機能が壊れたと騒ぎ始める。その隙に小鳥たちは場所を移動したのだった。
******
土蜘蛛のことはいきしに任せ、小鳥は龍騎に家まで送ってもらうことになった。龍騎は大型バイクでここまで来ていたので、押しながら歩くことになった。
「二人乗りはできるバイクなんだけど、ヘルメットが一つしかないから乗せられなくてごめん」
「とんでもないです。というか、ほんと、私のせいで申し訳ないです」
「別に千夏さんが悪いわけじゃないから謝らないでくれよ」
「それがそうではないと思います。土蜘蛛はいきしさんと話がしたいって言ってましたけど、本当は私に用事があったんだと思うので」
「どういうことだ?」
小鬼やポチたちに周りを警戒してもらいながら、小鳥が先ほどの出来事を話すと龍騎は眉根を寄せた。
「そう言われてみればそうだよな。デートしろって言われてた気がする」
「それどころじゃなかったので、すっかり忘れてました」
「……あいつに言われたからというのも癪だけど、何もしないのも変だし、千夏さんが迷惑じゃなければ、今度、空いてる日があったらどこかに出かけませんか」
「ええっ!?」
緊張しているのか、なぜか敬語になった龍騎に小鳥は大きな声で聞き返したのだった。




