27 近づく二人 ①
コンサートの日まで時間があるため、小鳥は音楽をダウンロードして聴いてみたり、さなやちょう子、いきしたちと女性だけでカラオケに行き、振り付けを覚えるなどして参戦する準備を進めていた。
本業も副業も上手くいっており、充実した日々を送っていた小鳥だったが、すっかり忘れていたことを思い出すことになる。
それはある日の会社からの帰宅途中の出来事だった。送り犬のポチが会社の前で待ってくれるようになったため、喫茶『あやかし』に立ち寄らない日でも、小鳥は毎日安心して帰宅することができていた。家の最寄り駅の改札を出てすぐのところで、突然、送り犬が唸り始めた。それだけであく、周りを飛び跳ねていた小鬼たちが小鳥の肩や頭の上に乗って「ピーッ!」と騒ぎ始めた。
(どうしたんだろう)
小鳥が不思議に思うと同時、駅のコンコースの柱の陰から現れたのは、長袖のアロハシャツにサングラスをかけた土蜘蛛だった。
(うわあ。いかにも知り合い以外は近寄りたくないオーラを出してるわ)
服装に偏見を持つつもりはないが、小鳥には明らかに土蜘蛛がガラの悪い男をイメージして着こなしているように見えた。
「よう!」
「……こんばんは」
片手を上げて近寄って来る土蜘蛛から距離を取って、小鳥は挨拶を挨拶を返した。
「なんだよ。そんなに警戒しなくてもいいだろ」
馴れ馴れしい態度の土蜘蛛にポチが唸ると、一瞬だけ怒りの色を見せたがすぐに笑顔を作った。
「まあまあ落ち着けって。俺は別にそいつに危害を加えようとしてるわけじゃねえって」
「私に何の御用ですか」
そう遅くもない時間のため、駅付近には人通りが多い。二人きりになることはないが、他の人に話を聞かれてもまずい。そう思った小鳥がコンコースの隅に向かって移動しながら尋ねると、土蜘蛛は彼女の様子など気にすることなく笑いながら話し始める。
「いやあ、お前に忠告しておいてやろうと思ってさぁ。ほら、俺はできる男だろ?」
「忠告?」
小鳥は立ち止まって聞き返した。小鳥が土蜘蛛の気を引いている間に小鬼たちが小鳥のスマホを鞄の中から引っこ抜いて小鳥の足の後ろに置くと、慣れた様子で線のような手を画面に滑らせる。小鬼はメッセージ画面を開き、龍騎の宛先を選ぶと、彼に助けを求めるメッセージを送った。小鳥を守るのだという使命感に燃えている小鬼たちだが、自分たちでは土蜘蛛に到底かなわないことを理解していた。こういう時は助けを呼ぶのが一番だと龍騎から教えられていたこともあり、スマートフォンのメッセージを打つ練習をしていた小鬼たちは頑張った。ちなみに、小鬼たちが持った時点でスマートフォンは人間には見えなくなっている。
「ああ。最近、鬼に変化しそうな人間が増えてんだよ。いきしのために、そういう奴らは鬼になるまでに、この俺様が対処してるんだけどよ」
(人が鬼に変化するなんてことがあるんだ)
小鳥にとっては初耳の話だったが、知らないことを悟られないようにして尋ねる。
「それがどうしたって言うんですか。感謝しろってことですか?」
「そうだよ! 鬼にしないってことは、いきしのためにもなるだろ!」
土蜘蛛は小鳥の鼻先に太い人差し指を突き付けて続ける。
「いいな!? いきしに俺様のことをちゃんと褒めておけよ!」
「言われたことを話すだけです」
「それならいい。いきしも俺に感謝してくれるだろう」
(いきしさんのことについて、思考が残念っぽくて助かったわ)
最初は土蜘蛛のことを恐れていた小鳥だったが、彼の言葉や行動が子供じみているので急に怖くなくなった。
「くぅん」
「大丈夫よ」
心配そうにポチが小鳥の手に顔を押し付けてくるポチの頭を撫でた小鳥に、土蜘蛛は鼻を鳴らす。
「龍騎の婚約者だからって気に入られてるんだろうけど、婚約破棄になったらお前を食ってやるからな」
「神津さんは婚約を破棄することはあっても私を見捨てることはありません」
「神津さんねぇ」
土蜘蛛は意味ありげな笑みを見せて続ける。
「婚約者同士なのに下の名前で呼ばねぇの? お前ら、本当に婚約者同士なのかよ」
(そう言われてみればそうかも! ただ、土蜘蛛に指摘されるなんてなんか嫌……というか、そんなことを考えている場合じゃないか。この場をどう切り抜けようか考えなきゃ)
小鳥はとりあえず動揺を悟られないようにすることにした。




