25 あやかしだって追いかけたい ①
龍騎の祖父母の家に訪問してから数日後、小鳥が喫茶『あやかし』に足を運ぶと、カウンター席にちょう子が座っていた。ちょう子は小鳥の姿を見て表情を輝かせる。
「小鳥さん、お疲れ様です~!」
「こんばんは、ちょう子さん」
ちょう子に家を知らせてからは、彼女とは小鳥の家で話すことが多かった。そのため、彼女がここにいるのは小鳥に会うためではないのだとわかる。
(今日はオーナーに話があるのかな。それとも神津さん?)
小鳥はいつもの窓際の席ではなく、ちょう子の隣に座ると、ちょう子の膝の上に動物が座っていることに気がついた。
(この動物なんだろう? イタチ? オコジョ?)
小鳥の視線に気がついた動物……ではなく、茶色の毛を持つ見た目がイタチにそっくりな鎌鼬は、つぶらな目をきらんと光らせ、腕の部分だけ鎌に変化してみせた。
(すごく可愛い見た目だったのに、いきなり物騒になった!)
ちょう子が鎌鼬を小鳥に紹介する。
「小鳥さん、この子、妖怪で鎌鼬と言います。聞いたことありませんか?」
「知ってます! 色々な言い伝えはありますが、人間に鎌で切られたような鋭い傷をつける妖怪ですよね?」
「この子は良い子なので、悪いことをしなければ人を傷つけたりしません」
「それなら良かったです。ここにいるということは神津さんに何か相談ですか?」
「はい。話を聞いてみたら、小鳥さんにお願いしたほうが良いかと思う案件です~」
苦笑しているちょう子を見て、どんな案件なのか聞いてみようとした時、龍騎が店に入ってきた。龍騎は小鳥の姿を見て驚いた顔をする。
「あれ、千夏さんも呼ばれてたのか?」
「あ、いえ。今日は、らおくんとパフェを食べる約束をしていたんです」
「そうだよ。ことりとパフェをたべるんだ」
名前を出したからか、座敷わらしの男の子、らおが小鳥の足元に現れて、彼女の片足にぎゅっと抱きついた。送り犬のポチもおこぼれをもらおうと床に寝そべって待っている。
「そうか。よかったな。そういえばうるさい猫又たちがいないな」
「少し離れた場所での猫の集会に混じってくると言っていましたよ」
「普通の猫のかよ」
「ええ。元々は普通の猫でしたからね」
オーナーは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
(猫の集会って本当にあるんだ! 今度会ったらどうだったか聞いてみようっと)
らおと食べるパフェをオーナーが作っている間、らおとポチは別に場所に移動してもらい、龍騎が話しかける。
「で、今日は俺に助けてほしいことがあるって聞いたんだけど、そこにいる鎌鼬か?」
「そうです。さなちゃん、人間の姿になって自分の口で話したら?」
ちょう子に促された鎌鼬、さなは膝の上から飛び降りると、小鳥と年の変わらない可愛らしい顔立ちの女性に変化した。艶のあるストレートの髪や瞳が黒色なだけでなく、カットソーやスカートも真っ黒だ。
「駄目だと言われるとわかっているけれど、どうしてもっ! どうしても私もみんなと一緒に声を出して、うちわを持って叫びたいんです! アリーナ席で銀テープもらいたいんです!」
「うちわ? 銀テープ?」
小鳥の隣に座った龍騎が困惑していると、なんとなくピンときた小鳥が話しかける。
「もしかして、さなさんってアイドルのファンだったりします?」
昔、アイドルのファンだった友人に人数合わせて連れて行かれたことがあり、アリーナ席で銀テープが降って来たことを覚えていた小鳥が聞いてみると、さなは何度も頷く。
「そうなの! もしかして、小鳥ちゃんも好きなアーティストがいるの!?」
「あ、えっとごめんなさい。好きですけど、さなさんほどの熱量はないです」
「そ、そっかぁ」
苦笑する小鳥を見て、さなは意気消沈して肩を落とした。
「どういうことだ? もしかして、お前はコンサートに行きたいのか?」
「そうなの! 別にタダで見に行くことはできるんだよ! 大好きな推したちがいる楽屋にだって行けちゃう! でもね違うの! あたしは普通のファンになりたいの!」
「なればいいじゃねぇか」
龍騎はあまりテレビを見ない。そのため、ある程度詳しいことを知っている小鳥がさなのフォローに入る。
「私も一部のアーティストのことしか知らないんですけど、人気のあるグループってファンクラブに入らないとチケットってなかなか取れないんです。ファンクラブに入るには住所がいりますし、一般を取ろうと思ったら電話を何度もかけないと駄目なんですよ」
「詳しいんだな」
「友人にアイドルが好きな子がいたんです。一般のチケットを取るために何人かで協力して電話をかけたりしました。一部地域は取りやすいところもありますけど、ほとんどの会場は繋がっただけでも本当にラッキーなんですよ」
「そうなのか」
驚いている龍騎を見たあと、一緒に話を聞いていたオーナーがさなに話しかける。
「人間と同じようにコンサートに行きたい気持ちはわかりました。ですが、あなた、チケットにはお金が必要でしょう。人間のお金を持っているんですか?」
「日雇いってやつなら、身分証明はそこまで厳しくないの。何とかして働くわ! だからっ」
目を潤ませているさなを見た小鳥は、ふと、友人の姿を思い出した。
(友達もチケット取れた時は嬉し泣きしていたし、とれなかった時はかなりショックを受けてたもんね。さなさんの気持ちがなんとなく理解できるかも)
「さなさん! 私がさなさんの好きなアーティストのファンクラブに入ります。それで、さなさんの分のチケットを取ります。本人名義じゃないと駄目だった場合は2枚とりますんで一緒に行きましょう」
「本当に!?」
小鳥が宣言すると、さなは拝むように両手を合わせて小鳥を見つめたのだった。




