24 龍騎の祖父 ②
龍一は今年還暦を迎えるが、五十代前半と言われても疑わないほうに若々しかった。背筋の伸びた長身痩躯の体格や顔立ちの雰囲気も龍騎に似ていて、小鳥は龍騎は龍一似なのかもしれないと思った。
「足を運ばせてしまってすまなかった。本来は私のほうから伺うべきなんだろうが、千夏さんの家に押しかけることも失礼な気がしてね」
「とんでもないことでございます。お招きいただきありがとうございます」
「お土産もありがとう。妻も直接お礼を言いたいと言ってはいるんだが、体調が悪くてね。あなたにうつしてはいけないから、私が妻の分も礼を言わせてもらう」
「そうだったのですね。奥様の体調が悪い時に押しかけてしまい申し訳ございません」
小鳥が頭を下げると、いきしが彼女の腕を軽く叩いて叱る。
「あんたはこの日に来いと言われて来たんだから謝らなくてもいいわよ」
「で、でも」
「それにあんたは体調が悪いことを知らなかったんだから気にしなくていいの」
「は、はい」
(うう。強い精神の持ち主が本当に羨ましい。いきしさんは鬼への恨みで作られているから余計になのかな。でも、やっぱり目上の人には気を遣ってしまう)
社交辞令で言わなければいけない時もあるが、腰が低すぎることも良くは思われない。今回は社交辞令ではなかったが、確認しておくべきだったと思ったので誤った小鳥だった。
「いきし、偉そうに言うのはやめなさい」
龍一に窘められたいきしは、ふてくされた顔をする。
「偉そうに言っているつもりはないわ。小鳥のことを思って言っているのよ」
「上から目線にもほどがあると言っているんだ」
「俺もそう思う。俺には良いけど千夏さんに言うのは違うだろ」
龍一と龍騎に注意されたいきしは、大きなため息を吐いて謝る。
「悪かったわ。嫌な思いをさせたかったわけじゃないのよ」
「いきしさんのほうが長く生きてますし、多少は偉そうに言われても仕方がないと思っていますから大丈夫ですよ」
「ため息を吐いた時点で反省しているとは思えないんだが」
龍騎にツッコまれたいきしは、彼には答えずに小鳥に体を向けて話す。
「あたしは思ったことを口にしてしまう性格なの。人間の姿に変わることはできるけどあやかしなのよ。人が持っている思いやりというものを知らないの。だから、無意識にきつい言葉を吐いてしまうと思う。だからその都度、はっきり言ってもらえると助かるわ」
「人間にも思いやりのない人はいますし、そういう人は自分のことを思いやりがないなんて思ってないと思います。だから、気づけている時点で良いと思いますよ」
「ありがと。でもね、今のところは小鬼のほうがあんたに対して思いやりがあるのよ」
「そんなことを感じたことがなかったんですけど」
ちょうどその時、お手伝いのあやが入って来て「お持たせで恐縮ですが」と小鳥が買って来たケーキと一緒に日本茶を出してくれた。好きなものを選んでいき、ショートケーキをいただくことになった小鳥が、じぃっとケーキを見つめている三匹の小鬼たちに声をかける。
「苺が好きなのよね。細かくしてあげるからちょっと待ってて」
「「「ピピーッ」」」
小鬼たちはぶるぶると体を横に振る。
「え? 前に苺を食べて目を大きく見開いてたでしょ。もしかして、個々で好き嫌いが違うの?」
尋ねた小鳥に、小鬼たちは一番上に乗っていた苺を持ち上げて小鳥の口へと持っていく。
「え? え? どうして?」
「「「ピーッ!」」」
「千夏さんが苺が好きなのは知ってるから、苺は食べてって言ってる」
「ええ!?」
一人っ子の小鳥は誰かに取られる心配がないため、ショートケーキの上にのっている苺を、いつも一番最後に残して食べていた。それを祖母から教えてもらったらしく、小鬼たちは遠慮したようだった。
「ほらね。小鬼はあなたのことを思いやれるでしょう? 私だったら遠慮なく苺をもらうもの」
そう言って、いきしは自分の分のケーキを遠慮なく食べ始めた。
「ありがとう。じゃあ、この苺は四分の一に分けようね」
小鳥が言うと、小鬼たちは苺を食べたいのを我慢していたのか目を輝かせた。そんな小鳥たちのやり取りを見た龍一は微笑んで口を開く。
「あなたは妖怪にも優しいんだね。分け隔てなく優しくしてくれて本当にありがとう」
「いえいえ! 私は自分に優しい人にしか優しくできないタイプですから、優しくはないです」
「そうか」
焦る小鳥を見て龍一はうんうんと頷くと、今日の本題に入ったのだった。




