21 会長現る ①
悲鳴を上げながら更衣室を出ていく女性たちを見送ったあと、小鳥は「怖いですー!」とパニックになっている演技をしながらも、始業時間が近づいていたため、そのまま更衣室に残り制服に着替えることにした。
「ピー?」
小鳥が自分のロッカーを開けたところで、小鬼の一匹が目の前に飛んできて小鳥を見つめる。
(もしかして、これで良かった? って聞いてくれているのかな?)
「みんなのおかげで助かったわ。ありがと!」
小声ではあるが笑顔でお礼を伝えると、近くにいた小鬼たちは「ピーッ」「ピピーッ」と鳴き、小鬼たちなりの喜びの舞を披露した。
(小鬼たちには本当に感謝してるけど、これくらいのことは自分で対処できるようにならなくちゃね! それに、今回の件は騒ぎになるだろうし、どうしたら良いものか)
ため息を吐きたくなるのをこらえながら制服に着替え終えた時、更衣室に友人の美鈴が入ってきた。
「小鳥! 大丈夫やった!? なんか更衣室に閉じ込められたって聞いたんやけど!」
「と、閉じ込められた?」
「うん。更衣室ん中でポルターガイスト現象が起こったんやろ? みんな出てきたのに小鳥だけ出てこぉへんから、閉じ込められたんちゃうかって、みんな心配してるで」
「え? あ、ああ。うん。最初はそうだったの。だけど、もうどうしようもないし開き直って着替えることにしたら、急に静かになったの」
苦しい言い訳だったが小鳥が笑いながら言うと、美鈴は一瞬だけ疑うような顔をしたけれど、すぐに安堵の笑みを浮かべる。
「まあ、小鳥が元気そうだし良いか。というか、小鳥って結構、肝が据わってるんやね」
「そんなことないよ。かなり驚いてたし!」
「でも、普通ならもっとパニックになると思うけどなぁ」
「鈍いだけかも」
「そうやったとしてもすごいわ。あたしやったら叫んで一番に更衣室から出ていくわ」
「そんなこと言いながらも様子を見に来てくれてるじゃない」
小鳥が微笑すると、美鈴は照れくさそうな笑みを見せる。
「そう言われてみればそやな」
「様子を見に来てくれてありがとう。私は大丈夫なんだけど、一部の人のロッカーの中身が床に散乱してるのよ。これ、どうしたら良いと思う?」
「……なんで一部の人なんやろ。あたしのロッカーは大丈夫やのに」
「たまたま……かなぁ」
小鳥があいまいな答えを返した時、これはまずいと思った小鬼たちが、お局や小ボスのロッカーを開けようとした。残念ながら、こちらの二人のロッカーは鍵がかかっていたため、小鬼たちが必死に扉をあけようとする、がたがたと揺れる音だけが響いた。
「うわ! ほんまや! こわ! 今のうちに出よ!」
「あ、うん!」
急かす美鈴に続き、小鳥は更衣室から急いで出たのだった。
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小鳥の部署は始業前に一分スピーチをすることになっている。朝礼が行われたあとに、一日一人で順番も決まっている。スピーチの内容は自由のため、今日は男性社員の番だったが『ロッカーの鍵はちゃんとかけましょう』と注意喚起を促していた。
(私もそうなんだけど、貴重品はロッカーに入れてないから鍵をかけていない人が多いんだよね。これから神津さんのことで逆恨みされる可能性もあるし、ロッカーに鍵をかけるようにしよう)
スピーチを思い出して自分を戒めたあとは、頭を仕事に切り替えた。昼休みまではいつも通り時間が流れていったのだが、美鈴と待ち合わせている食堂に向かうまでに、天敵の一人である小ボスから声をかけられた。
「千夏さん、ちょっと話があるんだけど」
「な、なんでしょうか」
「龍騎くんの親戚と仲が良いんですって?」
「え!? あ、ああ、仲が良いと言いますか、連絡は取り合っています」
「そうなの!? ならお願い! 私を紹介してくれない!?」
手を合わせて懇願してくる小ボスを見て小鳥は思う。
(普段は意地悪なのに、こんな時だけ低姿勢でお願いとかしてこないでほしいです!)
いきしに確認もとらず了承するわけにはいかないため、そう伝えようとした時、エレベーターから出てきた皴一つない紺色のスーツを着こなした老齢の男性が、爽やかな笑みを浮かべて小鳥たちに話しかけた。
「すまない。このフロアにいる千夏さんって子に会いたいんだが、どこにいるのか教えてもらえないだろうか」
「私が千夏ですが」
「か、会長!? お疲れ様です!」
小鳥が答えると同時、小ボスが大きな声で挨拶する。
(か、会長ってことは、神津さんのおじいさんのお知り合いの人よね!? そういえば入社式で見た気がする!)
ぺこぺこと頭を下げる小ボスと目の前の老人を見つめたあと、慌てて小鳥は頭を下げたのだった。




