20 小鬼、頑張る
龍騎はいきしのことを自分の親戚だと先輩に紹介した。彼女は田舎から出てきたので街を案内していたら、小鳥にたまたま出会い、今まで食事をしていたという作り話をした。
(そういえば、ちゃんとした夜ご飯食べてない! お腹減ったなあ。今日は晩御飯いらないって伝えているし、コンビニで何か買って帰ろう)
食事の話題になったので急に空腹を感じた小鳥は、先輩の前で自分のお腹が鳴らないように祈った。
「そっかぁ。二人はそういう関係かと思ったわぁ」
「そういう関係ってなんすか」
「同期だし、前も何か噂になってただろ。それがきっかけで付き合い始めたのかなってさ」
(付き合うどころか、仮の婚約者になっています!)
こんなことを言ったら、次の日には会社中に広まってしまうだろうから、小鳥は苦笑するだけでやめておいた。
「そういう発言はハラスメントと言われる可能性があるので、気をつけたほうがいいですよ」
「ああ、そうだよなぁ。今、そういうのうるさいもんなぁ!」
龍騎が言うと、お酒でいつもよりも陽気になっている先輩は笑いながら続ける。
「お前ら二人が付き合ってないという話は、皆にしておくよ」
「そういう話になったらそう言ってください。わざわざ言う必要ないですよ。あと、俺たちが食事をしていたってことも言わないでください。千夏さんに迷惑がかかるんで」
「はーい!」
先輩は元気よく返事をすると、小鳥たちを追い越してタクシーを待つ列に並び始めた。小鳥たちも少し遅れて列に並び、先輩がタクシーに乗って去っていくのを見送ったあと、同じタクシーに乗り込んだ。
結局、龍騎が小鳥を家まで送ってくれたため、タクシー代は龍騎持ちになった。あまり遠慮しすぎるのも良くないと思い、厚意に甘えることにした小鳥は家に着いてすぐにお礼のメッセージを送った。コンビニには寄れなかったが、わこから話を聞いて待ってくれていた祖母が、塩むすびを用意してくれていたので、ありがたく腹に入れることにした。
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次の日の朝はいつもよりも寝不足ということもあり、会社へ向かう小鳥の足取りはいつも以上に重かった。満員電車に揺られ、会社の最寄り駅に着いた時から、なぜか小鬼たちが「ピーッ」「ピピーッ」と小鳥に何か訴え始めた。
「何か教えてくれているのはわかるんだけど、言っていることがわからないのよ。ごめんね」
小鳥は周りに聞こえないように小声で謝った。
(周りに人が多い時って妖怪は出にくいんだけど、何が起きるかはわからないし、油断していちゃ駄目ね)
無事に会社にたどり着き安堵しながら会社の更衣室に入った時、小鳥は小鬼たちが警告してくれていた意味がわかった。小鳥の会社の女子更衣室には50人分ほどのロッカーがある。入ってすぐのところに二畳分ほどの休憩スペースがあり、そこに制服姿の女性三人が座っていた。
女性三人は化粧を直しながら話をしていたが、小鳥が入って来るなり化粧道具をポーチに直し、目を吊り上がらせて立ち上がった。
「おはようございます」
小鳥にとっては全員が先輩だったため一礼して挨拶すると、女性三人の内の一人が挨拶も返さずに小鳥に話しかけてきた。
「神津君とご飯に行ってたって本当の話?」
「……はい」
(うわあ。まだ一日も経ってないんだけど?)
小鳥は昨日の営業部の先輩がどう言っていたかを思い出す。『付き合っていない』と伝えておくと言っていたのを龍騎がわざわざ話題にしなくてもいいと止めていた。その後、小鳥たちが食事をしていたということも言いふらさないように頼んでいたのだが、記憶が飛んでしまっているようだ。
(あれだけ酔っている人にお願いしても無駄なのかな)
ため息を吐けば余計にイライラされると思った小鳥が、とりあえず食事に行ったということは認めようと思った時だった。突然、小鳥を睨んでいる女性三人のロッカーが勢いよく開いた。ちょうど一人のロッカーが見える位置にあったため「な、なんで?」と声を上げた時、ロッカーの中から彼女の私服が放り出された。
「な、何なのよ!?」
「怖い!」
「ちょっと、やだ! なんで!?」
膝元に置かれていたポーチからはメイク道具が勝手に飛び出していくので、三人が叫び始めると、更衣室内にいた他の女性もその光景を見て悲鳴を上げた。
小鳥も驚いたふりをしたが、彼女にはその現象の理由がはっきりとわかっていた。小鳥がいじめられていると思った小鬼の一部がメイク道具を放り投げ、他の小鬼たちが女性三人の名札で名前を確認し、彼女たちのロッカーの中から私物を外へと放り出していたのだった。




