16 『いきし』というあやかしのこと ②
店内に入って来たいきしは、小鳥の姿を見つけると近寄りながら笑顔で話しかける。
「小鬼から聞いたんだけど、あたしのことを知りたいみたいね」
「こんばんは、いきしさん。あ、えっと、すみません」
本人に聞く前に小鬼に聞いてしまったことを詫びると、いきしは小鳥の向かい側に座ってにたりと笑う。
「悪いと思っているのなら、あたしのお願いを聞いてくれる?」
「お。お願いですか? 私にできる範囲でなら、よっぽどじゃない限りお聞きします」
「そんなに難しいお願いじゃないから安心して。龍騎とデートしてほしいの。あと、聞きたいことがあるなら、直接聞いてくれていいわよ」
「いきしさんのことを聞いても良いのなら、他の人に聞いてしまったことを悪いと思わなくても良いのでしょうか」
「言うようになったわね」
小鳥の反応について、いきしは満足そうに微笑んで続ける。
「そうね。ただのお願いでかまわないわ。嫌なら嫌と言ってちょうだい」
「デートすることは嫌ではないんですけど、色々と問題があるんです」
「問題って?」
いきしが尋ねた時、龍騎がやって来て彼女の隣に座った。
「何の話をしてるんだ?」
「あんたと小鳥をデートさせようと思って」
「どうして、そんなに俺たちをデートさせたがるんだよ」
呆れ顔の龍騎にいきしではなく、小鳥が答える。
「妖怪たちは普段と違う出来事があったほうが楽しいんじゃないでしょうか。毎日、退屈しているみたいですし」
「しつれいにゃん。まいにち、たまたちは、ねてたべて、いっぱいおはなしして、ときどきうんどうしたりして、いそがしいにゃん」
「社会人の私には羨ましい生活だわ」
小鳥はたまを撫でながら続ける。
「あやかし関係の仕事だと、誰かに偶然出くわしても、たまたま近くで出会って話をしていた、とかで済むかもしれませんが、デートの場合はその言い訳では済まない場合があるかもしれないじゃないですか」
「誰に言い訳しなきゃならないの?」
「会社の人にです」
「別に会社の人間にどうこう言われる筋合いはないでしょう?」
眉根を寄せるいきしを見て小鳥が苦笑していると、飲み物を運んでくれたオーナが答える。
「人間ってものは面倒な生き物なんですよ。小鳥さんから話を聞いていますが、龍騎さんは会社の女性にとても人気があるんだそうですよ。そんな人とデートしているなんてわかったら、小鳥さんは会社で仕事がしづらくなるでしょう」
「そうか。それはあるかもな。学生時代に似たようなことがあった」
「何よそれ! そんなことするから自分が選ばれないって気づきなさいよね!」
龍騎が頷くと、いきしは鼻をふんと鳴らして続ける。
「龍騎と仲が良いことがバレたら、小鳥が会社にもっと行きたくなるというわけね」
「そんな感じです」
小鳥が頷くと「ピーッ!」と小鳥の肩の上にのっていた小鬼が鳴いた。すると、今度は頭の上にのっていた二匹が「ピピーッ!」と右腕らしいものを上げて鳴く。すると、店内にいた小鬼たちが一斉に「ピーッ」と鳴き始めた。
「一体、何なんでしょう」
「社内で何かあっても自分たちが千夏さんを守るって言ってる」
小鬼の言っていることがわからない小鳥が困惑していると、龍騎が小鬼たちを見回しながら答えた。
「そうなんですか?」
「ああ」
近くにいた小鬼たちが「ピーッ」と鳴いて小鳥の顔にすり寄って来た。まさか、ここまで小鬼たちに好かれるとは思っていなかった小鳥は、目頭が熱くなる。
(最初は見た目が気持ち悪いゆるキャラみたいに思っていたけれど、そうじゃなかった。すごく可愛く見える! 反省します!)
小鳥と小鬼が触れ合っているのを見ながら、いきしが口を開く。
「問題は解決しそうだし良かったわ。そうだ。仕事の話をする前に、一つだけ質問してもいいわよ」
「一つだけ、ですか」
「ええ。仕事の話をしないといけないから、今はそんなに時間が取れないのよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
小鳥は一番気になっていた疑問を、いきしにぶつけることにした。
「鬼とはどういうものなのでしょうか」
ネットで鬼のことを調べてみたけれど、今まで小鳥が出会ったことがないもののように思えた。だから、いきしが生まれるきっかけとなった『鬼』というものがどんな存在か知りたかったのだ。
「その質問に答えるには話が長くなるから、先に仕事の話をしましょうか」
そう言って、いきしは龍騎にバトンタッチし、今回の依頼内容を説明させた。




