旅立ち
出発の朝────
伊吹が宿の清算を済ませて外へ出ると、そこにはすでに準備を整えたカスミ、シャロニカ、ヒマワリの姿があった。
伊吹はここ数日続いた騒がしく始まる朝を懐かしみながら、滞在していた宿を感慨深そうに見上げた。
「記念に一枚っと」
まだギリギリバッテリーが残っていたスマホで、一同をこっそり撮影する伊吹。
しかしシャッター音と共にスマホの画面は暗くなってしまった。
「バッテリー切れ……か。これでスマホもただの板切れになったな」
『あっちの世界』から持ち込んだ電化製品も次第にその役割を果たせなくなりつつあった。
伊吹の持っている電化製品で未だに現役なのは、腕時計、ペン型ライトあたり。
元々大した物を持っていなかったが、使えなくなってしまうと寂しく感じてしまう伊吹であった。
「ん~? なんだよ伊吹、その『スマホ』とかいうの使えなくなったのか?」
「そうなんだ。充電って言って、電気が貯まってないと動かなくなるんだ。こっちの世界じゃその充電ってのが出来ないからな」
そう言って画面の暗くなったままのスマホをシャロニカに手渡す伊吹。
「ふーん。なるほどねぇ~要は『雷』を小さくしてここに集めたらいいわけだろ?」
「──待て待て! 魔法で電気発生させてもダメだぞ! 壊れるだけだからな……」
「……そうなのか? 案外脆いんだな~」
使えないとは言え壊されたらたまったもんじゃない。中には色んなデータが大量に入っているのだ。
カスミの成長記録なんかは二度と手に入らない貴重な物なのだから……
伊吹は慌ててシャロニカからスマホを取り上げると、バックパックの奥深くへ大事にしまい込んだ。
「……さぁ急ごう。ユード達が待ってるはずだ」
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────
──
「やっほー! カスミー! こっちこっち~!」
「オリゼー! やーっほー!」
少し離れた所から大声でカスミを呼ぶオリゼの姿が見える。
伊吹達がやって来たのは里の中心部から外れた場所だった。
辺りに目立った建物は無く、草地が広がっているだけのこの場所。
そこに二頭の大きなダチョウの様な生き物『ランビューン』と、それを連結しているキャビンが見える。
「伊吹の兄貴! 昨日はよく眠れたっすか?」
キャビンまで辿り着くと、御者席に座っているユードが声を掛けてきた。
その姿からは、昨晩の気落ちした感じは見受けられない。
「実は今日が楽しみであんまりよく眠れなかったんだ……って言ったら子供っぽいか?」
「へへッ! そんな事ないっすよ! おいらも同じっすから!」
「なら良かった……あ、そうだそうだ。忘れないうちに渡しとかないとな」
「……? なんですかい?」
不思議そうな顔を浮かべるユードをよそに、伊吹はバックパックからある物を取り出した。
「──っと。ほらユード、受け取ってくれ。案内料先払いだ」
「──!? え──兄貴これって……!」
伊吹がユードに手渡したのはあのクリスタルだった。
「こっ……こんな高価な物貰えないっすよ兄貴……! おいらには……もったいないっす」
「あれ? これ欲しがってなかったっけ? ほら、クリスタルドラゴンの卵ってさ」
「い、いやそりゃもちろん欲しいっすよ! でもおいらみたいなモンが持ってちゃお門違いというか……なんというか……」
「そうかぁ。じゃぁ仕方ないな……こいつはベアツに着いたら売ってしまおう」
「──えっ! あ、いやその~……売るなら……あの……」
御者席の上で慌てふためく姿のユードを見て伊吹は思わず吹き出しそうになった。
「……冗談だよ! ほら! とやかく言わずに貰っておいてくれ!」
「──! あわわわ……」
クリスタルの柱をユードの太腿へ無造作に置く伊吹。
それに慌てたユードが抱え込むようにクリスタルを手にした。
「……ありがとうっす兄貴……! おいら……絶対この子を孵化させてみせるっす!」
「ちょっとだけ怖いけど、楽しみにしてるよユード」
『刷り込み』で、ユードを親と思ってくれればそこまで凶暴にならないだろうと、自分の中で納得させていた。
そしてユードならきっといい飼い主になってくれる。そんな期待も込めてクリスタルドラゴンの卵を譲る事にしたのだった。
「──おい! 出発はまだか? 朝食が昼食になったら許さないからな!」
突然開かれたキャビンの小窓にはシャロニカの顔が覗いていた。
いつの間にかキャビンに乗り込んでいた女神は苛立ちを隠す事なく、御者席のユードを怒鳴りつける。
「──っ! は、はいっす! いつでも出発できます~!」
「よし、なら行くぞ! おいイブキ! さっさと乗らないと置いてくぞ!」
「おいおい……せっかちだなシャロニカ……そんな急がなくても飯ならキャビンの中で食べればいいだろ?」
「分かってないなイブキ。こんな狭い所で食べても美味しくないだろ? 食事は広々とした所で食べるべきなんだよ!」
「……こだわりが半端ないってシャロニカさん」
少し前まで『神の眷属は食事も睡眠も必要ない』と言ってたのが嘘のように、今は誰よりも食を追及し、皆と同じ様に睡眠も取っているシャロニカ。
そんな彼女が『女神』だなんて一体誰が信じるのだろうか?
結局ハーフリングの里に滞在中も、最後までそんな言葉を掛けられる事は無かった。
「カスミ……! もういっちゃうの?」
ヒマワリと共にキャビンに乗り込んだカスミを悲しそうに見つめるオリゼの姿が見える。
「うん、オリゼ……」
「……また、あそびにきてくれる?」
「もちろんだよ! ぜったいまたみんなであそびにくるよ! ね? ヒマワリ!」
「ンナ~ォ」
抱き抱えたヒマワリを揺らしながら今にも泣きだしそうなオリゼに答えるカスミ。
そのカスミの目にもうっすらと涙が溜まっているのが見える。カスミもオリゼと別れるのが悲しいのだ。
思えばこの村に来てからカスミとオリゼはずっと一緒に居た。
同じ位の歳の子とこうして長く一緒に居るのが初めてのカスミにとってはとてもいい経験になっただろう。
その証拠に少し前までのカスミよりもお姉ちゃんになったような、そんな印象を伊吹は受け取っていた。
知らない間にカスミを成長させてくれたオリゼに感謝だ。
「ぜったいぜったい──ぜーったい! だからね!」
「ぜったいぜったいぜーったい! だよ!」
にいっとカスミと顔を見合わせて笑ったオリゼは、そのまま御者席のユードの元へ駆けていく。
「にいちゃんも! はやくかえってきてね!」
「おう! カスミ達を送ったらすぐ帰ってくるからオリゼはいい子に待ってるんだぞ」
「……えへへ! わかったよ! じゃぁ、きをつけていってらっしゃい!」
「……あぁ、行ってくるよオリゼ。父ちゃんと母ちゃんによろしくな」
「うん!」
オリゼはユードと別れの挨拶を済ませると、キャビンから距離を取るように離れた。
「じゃあいいかユード? そろそろ出発しよう」
「はいっす兄貴! では『ベアツ』に向けて出発するっす!」
「よろしく頼んだぞユード」
「まーかせて下さいよ! 報酬に見合うように頑張りますよ!」
「よしっ──じゃあな! オリゼ! 色々ありがとうなー!」
「──! ばいば~い! みんな~!!」
ユードが手綱を振うとランビューンがゆっくりと前進を始め、それに引っ張られてキャビンも進みだす。
伊吹はユードの隣に座り、遠巻きに見えるオリゼに向かって手を振り返した。
──ハーフリングの里。短い間だったけど楽しかったな。
また訪れたいとは思うが、そうならない事が俺達にとってはいいんだろう。
俺達は『元居た世界』に帰る為に旅立つのだから。
だから、願わくばここに二度と戻れない事を祈る。
伊吹はいつまでも手を振り続けるオリゼが遠ざかっていくのを眺めながらそう思っていた────
さよならハーフリングの里!




