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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第5章:革命の終わり

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309/322

第309話「フォルス-9」

「見るがいい!」

 フォルスは懐から蠍のような生物が入っている様に見える琥珀が填め込まれたネックレスを、そして椅子の後ろから金の持ち手が付いた剣……『英雄の剣(ヒーロー)』と銀の持ち手が付いた剣……『ヒトの剣(ヒューマン)』をそれぞれ取りだすと、素早く身に付ける。


「これがレーヴォル王家の宝、この世に二つとない魔石と御使いより授けられたヒトを統べる剣と英雄を統べる剣よ!」

「ちっ、何時の間にそんな物を……」

 私は本当の表情を出さないように全力で顔の筋肉を制御し、余裕ぶっているんじゃなかったというような表情を作ってみせる。

 と、同時に、その身ぶりでもって私の後ろに居る三人……特にこの手の演技が出来ないトーコの表情がフォルスに見えないように隠す。


「ふはははっ!臆した所でもう遅い!死ぬがいい!」

「くっ……」

 フォルスが王族らしく洗練された動きでもって、私に接近しつつ『英雄の剣』と『ヒトの剣』を振るってくる。

 と言うわけでだ。


「馬鹿らし過ぎて笑いが止まらないわ」

「は?」

 フォルスに向けて満面の笑みを浮かべつつ、私は『蛇は八口(ヒノ)にて喰らう(カワ)』を発動。

 本来ならば有り得ないであろう私の表情に一瞬固まってしまったフォルスの両腕を肩口から切り飛ばすと同時に、ネックレスの鎖部分を切断して、本体を私の手元に引き寄せる。


「な……」

着火(イグニッション)

 そしてフォルスが何が起きたのかを完全に理解するよりも早く、着火の魔法でフォルスの傷口を焼いて塞ぎ、それと並行する形で幾つかの毒を薄めてフォルスに投与。

 両腕が切り飛ばされたショック、傷口を焼かれる痛み、有り得ない状況に対する動揺などの為にフォルスが死んだり、気絶したりしないように手早く処置を行う。


「ふんっ」

「ニガッ!?」

 で、最後に手加減をしつつフォルスを蹴り飛ばし、先程まで着いていた椅子にもう一度座らせる。

 そして、フォルスに見せる様に左手にネックレスを持ち、黒帯(ブラックラップ)の魔法で『英雄の剣』と『ヒトの剣』を回収して鞘に納めると、『妖魔の剣(ヒンドランス)』と共に腰に提げる。


「やっぱり茶番だったね」

「茶番だったな」

「茶番だったわね」

 此処までやったところで、私は一度セレニテスの方に視線を向ける。

 返ってきたのは、何処か呆れた表情の三人による茶番だという声。

 茶番でも、相手を絶望させるには必要な工程なのだけれど……まあ、まだフォルスに言ってない事が有るし、今は反論しないでおこう。


「ば、馬鹿な……」

「ふふふ、残念だったわね。でも残念ながらこれは当然の結果よ」

 と言うわけで、状況のめまぐるしい変化についていけず、セレニテスたちの声も聞こえていないフォルスの前で、私は意気揚々と語り始める。

 彼が頼みの綱にしていたのが、どれほど残念な物なのかを。


「まずはこのネックレスに付いている石。この石は琥珀蠍の魔石ではなく、ただの琥珀を加工して、そう見える様にしただけの偽物」

「なっ!?馬鹿な!?」

「本当よ。だって本物は百五十年ほど前に当時の女王の身を守ろうとした際に力を使い果たし、消滅しているもの。これはその事件の後に、王家の正当性を保持するために造られた紛い物。装飾品としての価値はあっても、魔石としての価値はないわ」

「へー……」

「ほう、そんな事が有ったのか」

「ま、そもそもとして本物の琥珀蠍の魔石なら、貴方みたいなヒトは身に付ける事も出来ないのだけれど……本物が失われた今となってはどうでもいい事ね」

 私はそこまで言い終えると、フォルスの目の前でネックレスを軽く宙に放り投げ、『妖魔の剣』を一閃、ネックレスを粉々に破壊する。

 その行為にフォルスの目は大きく見開かれ、まるで自分自身が砕かれたような表情をしている。

 だが、まだフォルスを絶望させるための作業は終わっていない。


「そして『英雄の剣』と『ヒトの剣』。英雄を統べる為の剣とヒトを統べる為の剣に、妖魔である私をたじろがせる力があるはずないじゃない」

「まあ、そうよね」

「おまけにずっと宝物庫にしまわれていたせいで、最低限の手入れしかされていないから、昔持っていた能力はだいぶ薄れてきている」

「あー……確かに」

「使われない道具ほど悲しいものも無いな」

「そもそも、この剣の製作者は私なのよ。そんな事すらも伝わっていなかっただなんて本当に笑えて来るわ。一緒にこの上ない怒りも感じるけれど」

「……」

 私はフォルスの目の前に三本の剣の刃を並べて見せてやる。

 『英雄の剣』と『ヒトの剣』は一応の手入れはされているが、長らく英雄が握らず、ヒトの血を吸っていなかったからだろう、サブカに使わせたあの頃に比べて、かなり劣化している。

 対する『妖魔の剣』は私がずっと使っていたので細かい傷や改修跡も残っているが、それ以上に大量の魔力を帯び、周囲に漂わせていた。

 此処まで差があると、『妖魔の剣』の一振りで他の二本の剣を叩き折る事すら可能かもしれない。

 勿体無いのでやらないが。


「と言うわけでご愁傷様。貴方が切り札だと思っていた物は、切り札でもなんでもなかったと言う事よ」

「そんな……馬鹿な……」

 そうしてこれまでの私の言葉によって折れかけていたフォルスの心は、完全に叩き折られたのだった。

切り札なんてあるはずなかった


12/10誤字訂正

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