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ソフィアズカーニバル  作者: 栗木下
第2章:三竦みの妖魔

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111/322

第111話「滅び-5」

「まったく、私の台本の何処が悪いって言うのよ……」

 夏の二の月の中ごろ。

 結局、私の示した台本は主にシェルナーシュの反対によって、無かった事にされてしまった。

 いやまあ、台本なんて知らないただのヒトを相手にする以上、決まった台詞や立ち回りだなんて不用だと言うシェルナーシュの意見も分からなくはないんだけど、高度の柔軟性を維持しつつも臨機応変に対応するためには、予め予想されるパターンを複数示すと共に、それぞれのパターンに対してどう対応するのかを全員が熟知すると共に、その各種対応法がどのような利点欠点を有しているのか、各人がどのような考え方をしているかまで、周知徹底しておく必要が有るんだけどなぁ……それらの為の台本だったのになぁ……まあ、無かった事にした以上、これ以上私から何かを言うつもりはないけどね。


「おい、ソフィア」

「分かっているわよ」

 さて、台本についてはこれぐらいにしておくとして、私たちは現在マダレム・エーネミから多少離れた場所にある、ベノマー河の川岸に立っていた。

 私の足元にあるのは、ベノマー河に生息する妖魔たちに掘って貰った大きな穴であり、その中には加工を終えた例のアレが垂直に立てられており、私が施す最後の処理を待っていた。

 うん、雨と夜陰で、私たちの存在を感知できる存在などまず居ないはずだが、私たちの存在と意図を、私には予想できない方法で窺っている可能性だって存在するのだし、急いだ方がいいのは確かだろう。


「それじゃあ……」

 私はアレの頂点に手を付くと、自分の中にある力の塊の一部を切り出し、アレの頂点の上に乗せる。


「起動。っと」

 そして感覚としてはアレの頂点部分を回すような感覚でもって、私の目の前にあるアレと、トーコたちによって対岸に設置された同型同大のアレ、両方を同時に起動させる。

 うん、これでいい。

 これで仮にこの後私たち全員が何かしらの原因でもって全滅しても、明日の朝にはマダレム・エーネミが、数日後にはマダレム・セントールが滅亡する事は決定した。

 私たちの前に在るアレが壊されなければ、の話ではあるが。


「よし、起動完了したわ」

「分かった。では、早くマダレム・エーネミの中に戻るとしよう」

「そうね。今日中にやらないといけない事もあるものね」

 さて、本音を言えば、この後は明日の朝までフローライトの部屋に入り浸っていたいのだが、そうもいかない事情がある。

 サブカの報酬の件だ。

 そう言うわけで、私たちは念のために周囲にヒトの気配がない事を確認すると、ベノマー河の妖魔に幾つかの仕事を与えた上で、その場を後にしたのだった。


----------------


「さて、着いたわね」

 で、マダレム・エーネミに戻ってきた私たちだが、一件の民家……テトラスタ家の近くにやって来ていた。

 勿論、現在の格好は全員『闇の刃』の魔法使いの物で、サブカの腕と尾も見えないように少々工夫を凝らしてある。

 これで傍目には、私たちは『闇の刃』の魔法使い集団にしか見えないだろう。


「本当にお前が教える方法で大丈夫なんだろうな」

「ええ、彼らがきちんと言いつけを守ってくれるならば、彼らが死ぬことはないわ」

 今のマダレム・エーネミの空気は、魔石の濫用を禁止するドーラムからの通達と、今までとは違って次の戦では何としてでもマダレム・セントールに致命的な打撃を与えなければならないと言う状況の為に、非常にピリピリしている。

 そんな空気を察してか、サブカはしきりに周囲の様子を窺い、予定外のヒトが私たちに近寄って来ないかを警戒している。


「でもソフィアん?こんなに雨が降っていていいの?」

「むしろ降ってくれている方がありがたいわね。トーコに持たせてある物の性質上……ね」

「ふーん?」

 トーコがマントの下に忍ばせてあるそれを見せながら、心配そうに天気の事を尋ねてくる。

 ただ、私としては雨が降っている方が都合が良かった。

 なにせ相手は医者だ。

 となれば、どちらの使い方も熟知している可能性がある。

 そして熟知しているからこそ、雨が降っている中で、私がこれからしようとしている事を見た時には、信じられないものを見たような顔をするはずだ。


「シェルナーシュは大丈夫?」

「他人の心配をする前に、自分の心配をしたらどうだ?これが特に効くのは、貴様に対してだろう?」

「それこそ心配要らないわ。マダレム・エーネミに来てから、散々味わされた味だもの。もう慣れたわ」

 シェルナーシュは自分の杖の様子を確かめながら、私の心配をしてくれる。

 が、その心配は無用だ。

 あんな口にも出したくないような表現を要する味の元になるようなものではあるが、何ヶ月も味の基本にされてきたのだ。

 嫌でも慣れると言うか……慣らされた。


「で、台本については皆乗る気はないの?」

「ない」

「面白そうではあったけどねー」

「一応、名乗りの部分だけは覚えておいた」

 で、一応台本の件について改めて確認してみたが……シェルナーシュからは凄まじい覇気を伴った視線が飛んできている。

 どうやらこれは駄目そうだ。

 ちっ、残念だ。

 力作だったのに。

 まあいい、駄目なら駄目で手はある。


「じゃ、行きましょうか」

 そして私たちはテトラスタ家の門前へと足を運び、その戸を軽く叩いた。

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