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逃がす?そんなスキルいらないので、俺の逃げる、を返してください

ふぅ、今日も上手く逃げ切ることができた。


俺のスキル、「逃げる」はとっても優秀。強い敵に当たって、あ、これまずいと思った瞬間に発動し、爆煙と共に俺の姿は忽然と消える。

ふふふ。不思議だろう。

精度は100% 必ず逃げ切れる。

このスキルがあれば冒険で死ぬことはまずない。


運命の女神ってのはほんとに気前のいいやつだ。誰にでも等しく死のチャンスをくれる。

どんな強いやつだって、ちょっとレベルに見合わない強いのに不幸にも当たれば、あっという間にお陀仏。

その点俺は、そういうのに出会ってしまったら、このスキルを使えばいいのさ。仲間を置いて逃げるのか、って?関係ないね。自分の命が一番大事。


今日も今日とておれは強敵にあたって全滅しかけていたパーティから一人、「逃げる」を使って命からがら生き延びていた。


だいぶ傷を負っちゃった。どっかでポーション買わなきゃ。

そのとき、

ぱっぱらぱーん♪

景気の良い音が響く。レベルアップだ。やった!

…ん、でも倒してないのにレベルアップ?


ー一定回数使ったのでスキルがレベルアップしました。「逃げる」は「逃がす」にレベルアップしました。なお、元のスキルは統合されて消滅しました♪


は?


いやいや。なんだよ「逃がす」って…。俺の「逃げる」は?


それからの冒険はもうさんざんだった。

新しく加わったパーティでも運悪く強敵に遭遇してしまった俺は、躊躇なく「逃げる」を選択…。

選択できねぇ。

「逃げる」は灰色で選択できなくなっており、その下に「逃がす」が黄金の文字で燦然と輝いていた。

なんならピカピカ点滅しており、スキルが「準備できてますよ♪さあ早く♪」って言ってるみたいで心底むかつくんだが。

結局瀕死だった僧侶を逃がし(「逃がす」は自分には使えない。なんてこったい。)死に物狂いでだが、なんとか敵は倒した。


当たり前か。倒せてなかったら今、俺、ここにいません。

こんなクソスキル、いらねぇし…。てかもう、冒険者やめちゃおうかな…。

トボトボと俺は洞窟を後にした。


そんな時だった。勇者と出会ったのは。勇者ってホントにいるんだぁ、とちょっと感動しちゃったけど、あいつは俺を一目見て、目をキラキラさせてにじり寄ってきた。

「うぉぉぉ。すげぇ!君のスキル、すげーね!!逃がすってあんた、勇者がほしいスキルナンバーワンじゃん!!」

肩をがっしりつかまれて馬鹿力でぶんぶん振り回されてひたすら褒められて、俺は酔ってゲロった。


勇者とパーティーを組んだ俺はもう馬車馬のように働かされた。魔物から逃げ遅れた子供を逃がし、洞窟が崩れて出られなくなったジジババを逃がし、ダンジョンで瀕死のパーティーを逃がし…。勇者が何処にでも首突っ込んで俺を振り回すので、スキル使いまくりで、もう毎日クタクタだった。

勇者はパーティーを組んでおらず、1人で戦っていた。その理由はすぐ分かった。


こいつ、強すぎるんだ。

攻撃力も防御力も魔力も見たこともないほど高値。パーティーメンバーが不要なんだな。

そんなこいつでも、俺みたいなアホスキルは、さすがに持ってないので重宝するのか。


最初こそ嫌々だったが、助けた子供のジジババに、孫を助けてくれてありがとうと泣かれたり、瀕死だったパーティーの仲間に結婚しました!あなたのおかげです!とか言われたり、子供に似顔絵つき色鉛筆貰ったりしてたら、なんとなく、なんとなーくこういう暮らしも悪くないと思い始めていた。


そんな折、それは起きた。


超強力な魔物に出会ってしまったのだ。勇者は信じられないくらいよく戦ってくれた。だが、魔物は俺たちで遊んでるんじゃないかってくらい、一言で言うと格が違った。伝説の魔物特集本があったら表示を飾るくらいの魔物だ。

 いくら強くても駆け出し勇者では相手にならない。

もちろん俺も戦った。でも笑っちゃうくらい攻撃は一撃もヒットしない。


あーあ…。

ここまでか。

正直、思うところはあったのだ。潮時だな。

「今までありがとねー。ま、今後もせいぜい人助けして、俺の地獄での情状酌量ポイント稼いでくれや…。」

まばゆい光があいつを包んで、消えた。

良かったなー。こんなクソスキルでも、あって。


静かになったなぁ。


なんか、ちょっと淋しいや。


魔物は大きな咆哮をあげて近づいてくる。

さて、俺だって冒険者の端くれ。一太刀ぐらいは浴びせ胸張って地獄行こ…。


「ばっかやろぉぉぉ!」

ばんっと頭を叩かれて我に返る。


「は?」


「何してくれんだよぉぉぉ!?」

「ばっ、おまっ、なっ…。」

ももも…戻ってきやがったぁぁ…。

「なっ、俺のせっかくのっ…。」

もう言語崩壊しちゃったのよコノヤロー…。

「どっ、どうすんだよぉぉ!!」

「どうするって?ふん。決まってんだろ。逃げるんだよ。じ•ぶ•ん•の•あ•し•で!」


勇者は俺の首根っこを猫の子のように引っ掴んで脱兎のごとく逃げ出した。


結果、逃げ切れましたぁぁ。

勇者のラックってものすごいんダネ…。

でももう走れねぇ…。俺達は2人とも草原に寝転んで疲労困憊だった。

あーあ。死に損ねたか。


「なぁなぁ。」

「ん?」

「俺今まて何の気なしに逃げてたけど、逃げられて残されるってきついなぁ。逃げる、がオレからなくなったのは、神様からのお仕置きだったんかなぁ。今まで見捨てて逃げてきた分、助けろって…。俺、どうやってあいつらにお詫びすればいんだろ…。」

今まで逃げて見捨ててきた奴ら、寂しかったかな、辛かったかな…。


んー、と勇者は首を捻る。

「俺は難しいことはよくわかんないけど。まぁ、お前が生きてるんだし、いいじゃん。」

がくっ。

クソ、こいつに言っても何も解決しねぇ。そういやこいつ賢さが俺の3分の1しかねーんだった。


「それより、逃がす、についてはレジストスキル付けさせてもらうかんな。ええい。そんなつもりでお前を仲間にしたんじゃないっての。金輪際するなよ。」

バカはほんとにバカなんだなー。

ぼんやり失礼なことを考えたが…。

「まてまて、早まるな。」

「なんで?」


「逃げる、の次が逃がす、だろ。次レベルアップするときは、必ず「一緒に逃げる」に進化させるからさー。もうちょい待ってよ。おれ天才だし。いけるって。」


勇者は鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔でこっちを見てたが、やがてこらえきれないようにぷっと吹き出して、笑い出した。

「それいいな!いや、「みんなで逃げる」で、よろしく頼むよ。」

「違いない。」


俺も一緒に笑った。笑って笑って、笑った。

一緒に笑えるやつがいるって、いいね。

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