女勇者は王子殿下に嫁ぎたい!
アリーヤ王国には、たいそう美しいとされる姫がいた。
国一の美姫と謳われ、その美しい姿絵は地方や、他国にまで知れ渡るほどだ。
しかし、美しさが広まったが故に、弊害もある。
姫には決まった婚約者がおらず、年頃になると、ぜひ姫を妻にという声が各国から上がったのだ。
姫はこの国唯一の王女であり、四人の兄弟と国王、王妃である両親に愛されて育った。
両親は姫には愛ある結婚をと望んでおり、国のために婚約を結ぶことは良しとしなかったのだ。
だから姫のもとには日々多くの求婚の手紙が届き、姫の一日は手紙や相手の姿絵の確認だけで過ぎることがほとんど。
そんな日々が、それでも平穏であったと。
国王が、王妃が、兄たちが、弟が、家臣たちが。
知ることになるのは、早かった。
姫に惚れた魔王が、姫を手に入れるため、王宮内から姫を連れ去ってしまったのだ。
当然国王と王妃、王子たちは憤慨し、姫を取り返すためすぐに軍を率いて魔王軍に攻め入った。
しかし魔王軍は多少魔法が使えたり剣が使える程度の人間たちに負けるはずもなく、すぐに敗北してしまう。
そこで国王は、自分たち以上に頼りになる存在に、姫の奪還を依頼することにした。
それは活発化している魔王軍を倒すため、数年前から旅に出ている、隣国の勇者一行。
幸いにも姫が攫われた時に国内におり、すぐに勇者一行に依頼することが出来たのだ。
国王は、姫を無事に取り戻せた時には、どんな願いも叶えようと約束した。
勇者は少し悩む素振りを見せ、それでも依頼を受け入れた。
勇者一行はすぐに国を旅立ち───二ヶ月としないうちに、以前よりやつれてはいるものの、無傷である姫とともに帰還した。
しかも驚くべきことに、勇者一行は、その二ヶ月の間に、魔王軍の頂点に君臨する魔王すら倒してしまっていたのだ。
まだ魔王軍の幹部たちは生き残っているらしいが、魔王を倒したことにより、魔王軍は統率が取れなくなり、魔物たちも以前より容易に倒せるようになったそうだ。
「──勇者よ、よく娘を、姫を助けてくれた。心より、感謝する」
「勿体ないお言葉です」
玉座の置かれた、大広間。
国王はかつてないほど優しい表情で、玉座に腰掛けながら、勇者を見つめる。
王の隣の玉座には、同じく優しい表情をする王妃が座っている。
そしてすぐ隣に立つのは、約二ヶ月の間、魔王に囚われていた姫。
姫の後ろには三人の兄と、弟が立っており、勇者一行を眩しいものを見るかのように目を細めていた。
当然だろう、勇者一行は、彼らの愛してやまない可愛い妹を助けてくれたのだから。
「約束通り、望むものを何でもやろう。私に叶えられる範囲のものではあるが、最大限譲歩しよう。もちろん、勇者以外の者たちにもな」
といっても、アリーヤ王国は諸各国がいくつかすっぽり入ってしまうほどの国土を持つ大国。
その国王に、叶えられないものなどほとんどありはしないのだが。
勇者一行は僅かに戸惑った表情をみせ、互いに顔を見合わせる。
どうやら成功報酬は“勇者の望むもの”であり、“勇者一行の望むもの”ではないと思っていたらしい。
「どうぞ、遠慮しないで。わたくしたちの可愛い娘を助けてくれたのです。この世の悪の権化である魔王まで倒したあなた方には、当然の権利ですわ」
王妃の中では、魔王を倒したことよりも、姫を助けてくれたことの方が重要らしい。
王妃にまで促され、勇者一行はひとりずつが望むものを口にする。
ただしそれは新しい装備が欲しいとか、新しい武器が欲しいとか、貴重な魔法書を閲覧する許可が欲しいとか、すぐにでも叶えられる、魔王討伐の報酬にしては安い内容であったが。
そのことでますます国王たちは、勇者一行に好感を抱く。
なんと慎み深いものたちなのかと、感動すら覚えるくらいだ。
しかし──少し、物足りない気もする。
残るは勇者だけとなり、国王が、王妃が、王子たちが、視線を集める。
「勇者よ、そなたは何を望む?」
「…………私は、私が望むのは、ある方との婚姻です」
ざわり、と周囲がどよめく。
国王は楽しそうに目を細め「ほう!」と声を上げた。
誰を望むかはわからないが、その申し出は国王にとって悪いものではないからだ。
なぜなら勇者一行は隣国の出身で、ほとぼりが冷めれば自分たちの故郷に帰ってしまうから。
その時に、勇者がこの国のものと婚姻を結んでいれば、他国よりも勇者というカードを切りやすい。
つまり国としてメリットがあるということだ。
「よかろう!ただし、その者が了承すればの話だが……。もしもその者に愛する人がいた場合は、諦めてくれるな」
「ええ、もちろん」
国王とて鬼ではない。
たしかに勇者が国のカードに入るのは魅力的だが、だからといって国民に嫌われてしまえば元も子もない。
国王が王として認める婚姻は、勇者の想い人が、勇者を受け入れた場合のみ。
勇者はすっと立ち上がると、ゆっくりと想い人の元へと近づいた。
そしてその場に膝をつき、うっとりと目を細め、見つめる。
「一目見た時から、あなたのことが忘れられませんでした。どうか、わたくしと生涯を共にしてはいただけませんか……?」
勇者が向かった先にいたのは、王族たち。
勇者が──彼女が手を差し出し、握りしめたのは、アリーヤ王国の第四王子その人だった。
「え……?」
戸惑ったような王子の声。
はっと周囲を見渡せば、誰もが、キラキラと輝いた目で、王子を見つめていた。
「ほう!勇者の想い人は、我が息子であったか!」
国王もまた、密かに喜びの声をあげる。
なぜなら末の息子である彼には婚約者がおらず、彼に想い人がいないことも知っていたから。
何よりも王族と勇者が夫婦になれば──勇者が嫁に来れば、彼女はアリーヤ王国の国民になる。
「はい。ルイス様、あなたを愛しているのです」
第四王子、ルイス=アリーヤ。
今年で17歲になる彼は末の息子であり、王位継承権はほとんど無いに等しい。
そのため王家に相応しい教育は受けているものの、特別優秀といったわけでもなかった。
容姿は整っている方だろう。
王族は代々美形が多く、実際、ルイスの両親も兄姉たちも、皆美しい。
ただ──ルイスは、美しい兄姉たちよりは、優れた容姿をしていないことは自覚していた。
目をそらすほどの醜男ではないが、誰もが見とれるほどの美丈夫でもない。
つまりルイスは、彼女に、女勇者に惚れられるほどの容姿をしていないのだ。
しかし彼女ははっきりとルイスの名前を口にしたし、ルイスの手をしっかりと握りしめている。
彼女の白い頬はほんのり赤く染まっており、キラキラとした目で、ルイスを見つめていた。
間違いなく彼女に求婚されているのは、ルイスである。
勇者を見て、姉を見て、勇者を見て、兄たちを見て、勇者を見て、両親を見る。
全員が全員、キラキラと輝く瞳でルイスを見つめている。
──あっ、これ断れないやつ……。
結局ルイスは頬を僅かに引きつらせると「お、俺で良ければ……」と了承する以外に選択肢を見つけられなかった。
「ルイス様!」
しかし、勇者が嬉しそうに抱きついて来た瞬間に、ふわりと彼女からいい匂いがして、顔が真っ赤になってしまったのは仕方がないだろう。
だってルイスは王族であり婚約者もおらず、女性とは姉や母以外にまともに接したことがなかったのだから。
「嬉しいです。わたくしが、きっとルイス様を何者からもお守りいたしますね……!」
女性であるのに随分とたくましい言葉だ。
それ、普通逆なんじゃ……というルイスの小さな小さな呟きは、大広間に響き渡る拍手にかき消された。
「いやー、まさかホントにジェシカがルイス殿下に求婚するとは……」
「しかも受け入れられるとは、思わなかったなぁ」
勇者一行のために、王宮にそれぞれ個室が与えられている。
その中で、女勇者ジェシカのために用意された部屋に、勇者一行が揃っていた。
神官、女剣士、弓使い、女盗賊、魔術師。
六人のパーティであり、もう何年も旅も共にした仲間でもある。
数年かけて魔王軍の幹部達を倒し、もう少し時間をかけて、魔王を倒す。
……本来は、その予定だったのだ。
予定がだいぶ早まったのは、アリーヤ王国が勇者一行に姫奪還を求めたから。
より正確に言うなら、姫奪還依頼の承諾をするかどうか判断するために国を訪れた時、リーダーでもある勇者ジェシカが、王子殿下に惚れたから。
彼はジェシカに「どうか、どうか姉をお救いください……!」と頭を下げたのだ。
ジェシカは勇者ではあるが、隣国の平民であった。
つまり彼は王族であるのにも関わらず、姉のためにと平民に頭を下げたのだ。
その時ジェシカは、すっかり彼に心を奪われていた。
だから──彼を少しでも安心させるために、魔王討伐の予定を繰り上げたのだ。
そしてあっさり魔王を討伐してしまった。
「まぁ、殿下も戸惑っていたようだけどね」
「それもそうだろう。ルイス殿下は王位継承権が低いし、ほかの殿下方に比べて自己評価も低い。まさか自分が勇者に求婚されるなんて、思ってもみなかっただろう」
「っていうか女が求婚したことに驚いたんじゃない?普通、そういうのって男からするものだし」
ルイスが戸惑っていた原因が思い当たりすぎて、むしろ特定出来ない。
一行はリーダーでもあるジェシカに目を向ける。
ジェシカは腕を組み、壁にもたれて窓の外に目を向けていた。
そこには先ほどまでルイスに見せていたようなうっとりとした表情はなく、冷ややかなものである。
否、ジェシカにとってはそれが普段の表情なのだ。
彼女は勇者として、神に愛され、力を貸してくれる精霊たちに愛されたことで、自分の感情を殺している。
もしも感情のままに力をふるえば、この世界など簡単に滅ぼせると理解しているからだ。
思うがままに笑顔を浮かべるなんて、初めてのことだった。
ますます彼のことが愛おしく思え、彼のことを思うだけで心が満たされる。
「でも、まあ、婚約については陛下が認めたんだ。絶対のものになるだろうな」
「そうね。その場合ってジェシカが嫁入りするのかしら?」
「どうだろうねぇ。それを我が国の陛下が認めるかどうか……」
神官の言葉に、ジェシカがようやく視線を部屋に戻す。
たしかにジェシカは隣国の出身で、勇者を自国で確認した祖国の王からすれば、勇者一行は簡単に手放せるものではないだろう。
もしかしてその場合、ジェシカとルイスの婚姻を邪魔するのだろうか?
「──認めないのなら、認めさせるだけの話。何か問題でも?」
その時はきっと陛下は無事ではすまないだろう。
ジェシカの淡々とした言葉に、一行は祖国の王が愚かな行動をしないように祈りを捧げた。
彼女の場合、認めるまで物理攻撃で攻め立てそうだ。
そしてジェシカの希望を、彼女を愛する精霊たちも神も叶えようとするに違いない。
つまり。簡単に言えば祖国の危機である。
コンコン、と扉がノックされる。
途端にジェシカの表情が和らぎ、ふわりと口元に笑みが浮かんだ。
「ルイス様。どうぞ、お入りください」
「し、失礼します」
入ってきたのは、ルイスであった。
一行はルイスに頭を下げながら、内心でジェシカに冷や汗をかく。
──今、ルイス殿下が入る前から、殿下の名前を言い当ててた!?
ジェシカの部屋を訪れるのは、何もルイスだけではない。
ほかの王子たちかもしれないし、姫かもしれないし、はたまた家臣の誰かか、侍女かもしれない。
しかしジェシカは迷うことなく、はっきりと彼の名前を口にしたのだ。
そのことにルイスは気がついていないらしく、恐る恐るといった様子で部屋に入ってくる。
「ルイス様、何もそこまで怯えずとも……。あなたへの害は私が排除しますから」
「あ、いえ、そうではなくて。その、女性の部屋にいきなり訪ねるのは、やはりはしたなかったかと……。勇者様の実力を疑うわけではありませんが、勇者様も、女性ですから」
「ルイス様……!」
ルイスの言葉に、ジェシカが頬を赤らめる。
勇者となってから、女性扱いをされたのは初めてだったからだ。
照れたように両頬に手を添えるジェシカに、ルイスもまた、照れたように顔を赤らめる。
一行はルイスを怯えさせないように笑顔を浮かべているものの、背中にダラダラと冷や汗が流れていることは自覚していた。
あの、ジェシカが、照れている!
魔王軍のグロテスクな幹部をあっさりばっさり斬り捨てて、吐き気を催す死体の山を表情ひとつ変えずに眺めていた、あのジェシカが!
しかも殿下も満更ではなさそう!
これは、もう、ジェシカの手綱を握れるのは、ルイスしかいないだろう。
一行は顔を見合わせると、こくりと互いに頷きあった。
このままルイスにジェシカを好きになってもらい、両想いになって結婚してもらう。
そうすれば、ジェシカが世界を滅ぼすことはなくなるはずだ!
「ところでルイス殿下、こちらには何を?ジェシカにご用がおありでしたら、我々はここで失礼します」
神官の言葉に、ルイスがはっと我に返ったように一行に目を向ける。
ジェシカは冷ややかに神官を一瞥し、ルイスがジェシカに視線を戻した時には、何事もなかったかのようにニコリと笑顔を浮かべていた。
これでルイスがジェシカ以外に用がある、とか言ったら、その相手が殺される……!
「その、勇者様。もし、よろしければですが……少し、散歩に行きませんか?」
ルイスが口を開いた瞬間、一行がごくりと息を呑む。
しかしジェシカを誘う発言したルイスに、全員が胸をなでおろした。
ジェシカは驚いたように目を丸くし、「散歩、ですか……?」とルイスの言葉を復唱する。
ルイスは照れたように頬をかくと、ほんの少しジェシカから視線をはずし、口を開いた。
「ええと、婚約者なのだから、互いを知るべきだと兄上たちに言われて……。散歩をしながら、お話出来たらな、と。も、もちろん無理にとは言いませんが!」
ぶわり、とジェシカの周囲に花が咲いた気がした。
当然ルイスの言葉をジェシカが断るはずもなく、ジェシカは差し出されたルイスの手を取り、ルイスと共に部屋を出ていく。
一行はそんな二人を手を振って見送り、安堵の息を吐いた。
美しい花々の咲き誇る庭。
ルイスはこの庭が王宮の中で一番のお気に入りだった。
常に何かの花が咲いていて、癒しを与えてくれるし、平和だと思えるから。
せっかく婚約者になったのだからとジェシカに見せたくて誘ってみたが、彼女は退屈していないだろうか?
チラリとジェシカを横目で見れば、ジェシカもまた、ルイスのことを見つめていた。
視線が交わり、ルイスは思わず赤くなった頬を隠すために顔を背ける。
再びゆっくりとジェシカを見れば、彼女はクスクスと笑い声を漏らしていた。
どうやら気分を損ねなかったようだ。
ほっと息を吐いてから、ふと気がつく。
ルイスは兄弟たちの中で最も背が低く、165センチ程度しかない。
数年前から身長が伸びなくなってしまったので、おそらく、これ以上の成長は望めないだろう。
しかし──ジェシカは、そんなルイスよりも、さらに背が低い。
10センチ程度は身長差があるようで、おそらく、150センチ後半といったところだろう。
よく見れば肌も白く、腕も手首もほっそりとしていて、パンツスタイルだから分かるが、足も細い。
こんな華奢な体に、勇者という肩書きを背負わされたのだ。
きっと勇者になりたくてなったわけではないだろうに。
「ジェシカ様……」
「!」
ルイスは今まで、ジェシカのことを勇者様と呼んでいた。
それが勇者である彼女への礼儀だと思っていたからだ。
けれど、ルイスはジェシカの婚約者となり、いずれ、そう遠くないうちに夫婦となるだろう。
ならば夫に勇者と呼ばれるのは、実は、あまり良くないのではないか?
「そう、呼んでもいいですか?」
「……様などいりません、ルイス様。どうか、ジェシカと」
「───ジェシカ」
名前を呼べば。
ジェシカは、嬉しそうに目を細め、愛らしい笑顔を浮かべてくれた。
ドクドクと鼓動が高鳴るのがわかる。
ああ、そうか、俺は──とっくに、彼女に惚れているのか。
「俺は、第四王子で、王位継承権はありません。臣下に降ったところで、せいぜい伯爵かよくて侯爵です。王族ほど贅沢もさせられないし、守れないかもしれませんが、それでも貴女は、ジェシカは、俺と共にいてくれますか……?」
どこか不安げなルイスの言葉に、ジェシカはふふっと笑みを浮かべる。
「私は勇者ですし、爵位などありません。ルイス様にお金がなくても私が稼いで養いますし、私の全てをかけてルイス様をお守りします。だからどうか、私を妻にしてくださいね」
まるで愚問だったらしい。
ジェシカの言葉に、ルイスは「アッやっぱり何か違う」と呟くしかなかった。
普通は男が言う台詞である。
けれど実際、ルイスがジェシカを守るより、ジェシカがルイスを守ることの方が多そうだ。
ジェシカに迷惑をかけてしまいそうで、今から少し、不安だった。
「ルイス、勇者様とはどうだった?」
「金がなくても稼いで養うし、全てをかけて守ると言われました。男前すぎる……」
第一王子の言葉に、ルイスは乾いた笑いと同時に目をそらした。
ルイスの言葉を聞いた兄たちは、あはは、と苦笑をもらすしかない。
なるほど、勇者だけあって彼女は非常に男気溢れる……というのも失礼かもしれないが、随分と勇ましいようだ。
ジェシカとの散歩から戻ってすぐ、ルイスは兄たちのもとを訪れていた。
ルイスたち兄弟は非常に仲がよく、特に末のルイスは、何かあればすぐに兄たちに相談することが当たり前になっていたのだ。
兄たちもまた、そんなルイスを可愛がっているため、嬉嬉として相談にのっている。
「どうすればジェシカに男らしいところを見せられますかね……?」
部屋には、兄たちの他に、神官がいる。
神官はジェシカと長年旅をしていたという理由で、彼女のことを知っているだろうと引っ張られてきたのだ。
「ルイス殿下は無理をなさらず、そのままでいいと思いますよ。ジェシカは今のルイス殿下に惚れたのだから、背伸びをする必要はありません」
ルイスよりも年上だからか、神官はにこりと笑う。
兄たちもうんうんと頷いており、さらに神官は口を開いた。
「それに、ジェシカはルイス殿下のことなら何でも知っていますよ」
「うん?」
さすがにそれはちょっと聞き捨てならない。
第二王子は神官に向かって手を差し出し、言葉を止める合図を出す。
「何でも知ってるって、どういう……」
「ジェシカは精霊たちに愛されているので、ジェシカが望めば精霊たちは彼女に知識を与えます。ジェシカはルイス殿下の情報を望んでいたようですし、むしろ知らないことの方がないと思いますよ」
いやそれやばいだろう。
兄たちはさっと顔を青ざめさせ、互いに顔を見合わせる。
ジェシカは勇者だしルイスを任せても安心だろうと思っていたが、まさかジェシカ自身が危ないヤツだとは思わなかった。
「ちょっと待ってください、それってつまり、俺の情けないところも知られていると……?」
「恐らくは」
「い、いまだに乗馬が苦手とか、辛いものが食べられないとかも……?」
ルイスの言葉に、神官は内心「乗馬と辛いもの苦手なんだ……」と呟いた。
しかし何事もないかのようにニッコリと笑い、「恐らくは」と返事をする。
別の意味で顔を青ざめさせたルイスは、小さく「ジェシカに嫌われたらどうしよう……!」と頭を抱えている。
兄たちは「いやそこじゃないだろう!」と声を荒らげるが、ルイスは「それ以外に何が問題なんですか!?」と怒鳴り返す。
問題はジェシカに苦手なものを知られて嫌われるとかそういうのではなくて、そもそもなぜ苦手なことを知られているのかというところだ。
さすがに好きな人について知るためとはいえ、精霊たちまで使うのはやりすぎではないのか?
「!…………ええと、ルイス殿下」
「はい?」
「ジェシカのそばにいた精霊からの伝言です。──乗馬と辛いものが苦手なルイス様、可愛いから好きですよ、と」
どうやらジェシカのそばにいた精霊が、この中で唯一精霊の声が聞こえる神官にジェシカの言葉を伝えに来たらしい。
ルイスは一瞬キョトンとした表情を浮かべるが、すぐに嬉しそうに「よかった……!」と安堵の息を吐いた。
一方神官と兄たちは、全く心が休まらない。
今ジェシカは宛てがわれた自室にいるはずで、そこからこの部屋まではかなりの距離があり、当然声など聞こえない。
それでもまるでこの場にいるかのように的確に返答してきたあたり、常にルイスの言動を把握している、ということになるのだ。
嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべるルイスに対し、その場にいた全員の心が一致した。
──勇者も勇者に監視されてることに気づかないルイスもやばい!
と。




